コラム

安保法案成立後の理性的な議論のために

2015年09月18日(金)16時49分

 ただし、ここでまた矛盾が生じます。国連憲章では、自衛のための正当な武力行使が認められています。たとえばウクライナのロシア系武装勢力の攻撃にさらされる人たちを護り、それらの侵略的行動を排除するために、ウクライナ政府が国民の生命を守るためにも、自衛のための武力の行使をすることに、それらのデモの方々は「反対」するのでしょうか。つまりは、「戦争」ではないロシア系武装勢力の戦闘行為は認めるけど、「戦争」となりかねないウクライナ政府のそれへの自衛的な措置には反対だ、という立場なのでしょうか。いかなる武力の行使にも反対ならば、現状を直視して、狭義の「戦争」という言葉はなるべく使用せずに、より広義の「武力の行使」あるいは、より正確に「法の支配に基づかない現状変更」というべきではないでしょうか。

 あるいは、ロシアとウクライナの力のバランスからも、大国の侵略の餌食になる国に対して、国際社会が攻撃にさらされている国を支援することが、本当に「反対すべき」なのでしょうか。内閣法制局の見解では、たとえば攻撃にさらされているウクライナに対して、医療物資などを提供した場合には、戦闘状態になっているウクライナへの支援が「武力行使との一体化」によって、日本が「集団的自衛権を行使」したとみなされる場合があります。ウクライナで負傷した人たちに、日本政府が医療物資を支援することが、本当にいけないことなのでしょうか。

誤解されている論点

 私の立場は、戦争は避けるべきであり、起こらないようにすべきということです。そして、過去の歴史の反省からも、日本は平和国家としての歩みを堅持すべきだと思います。ただし、そこでとどまるのではなくて、国際社会で戦争が起こらないように、あるいは戦争が起こったときに可能な範囲で、たとえそれがどれだけ小さくとも、侵略にさらされて、攻撃を受けて被害を受けている人たちに、支援の手をさしのべるべきだと思います。それをすることが、これまでの憲法解釈では「武力行使との一体化」に基づいた「集団的自衛権の行使」と評価されてきたので、私はそのような国際社会の常識からずれた、日本国内でしか通用しない「正義」を変えるべきだと考えています。

 他方で、SEALDsの方々が主張するような、「他国に行って他国を守るために戦争をする」ことは、今回の安保関連法案に書かれている新三要件ではできないことになっています。新しい法案で、できないことを「反対」をして嫌悪して、日本が国際社会で人道的になすべきことを、「戦争反対」といって阻止していることが、どのような意味を持つのか、一度立ち止まって理性的に考えることも必要だと思います。

一連の混乱は与党だけでなく、保守政権に緊張感の欠如を許した野党にも責任がある(9月17日) Yuya Shino - REUTERS

一連の混乱は与党だけでなく、保守政権に緊張感の欠如を許した野党にも責任がある(9月17日) Yuya Shino - REUTERS

 つまりは、国会周辺でデモをして反対している人たち、あるいは民主党のような野党は、今回の法案ではできないような「戦争」に反対して、今回の法案の主眼である国際平和協力活動等の拡充による、人道支援や、避難民の補助、復興支援活動などを阻止していることになります。従来の法律では、テロや小規模な戦闘行為が起きても、それにより「戦闘行為」となって、活動を停止して撤退しないといけませんし、それらを阻止するための安全確保のための武器使用も禁じられていたので、完全に安全な場所でしかそれらの活動ができませんでした。現在では、テロ活動や武装勢力の行動により、「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別がほとんどつかなくなっていますので(パリやニューヨークさえもテロ攻撃の対象となっている)、それは言い換えれば自衛隊は人道支援や復興支援が本当に必要とされている場所には行けない、ということになります。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国AI企業ミニマックスが香港上場、公開価格の2倍

ワールド

トランプ氏、第2次ベネズエラ攻撃計画取りやめ 同国

ワールド

日銀幹部の出張・講演予定 氷見野副総裁が英国でべラ

ビジネス

タイ中銀、金のオンライン取引監督で権限拡大 バーツ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 7
    「不法移民からアメリカを守る」ICEが市民を射殺、証…
  • 8
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 9
    トランプがベネズエラで大幅に書き換えた「モンロー…
  • 10
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 7
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 8
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 9
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 10
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story