コラム

イスラエル人女優が「クレオパトラ」役、でもホワイトウォッシングとは言えない?

2020年11月05日(木)18時50分

エリザベス・テイラーの同世代でいえば、ポール・ニューマンが有名である。彼は、父親はユダヤ人だが、母親はカトリックなので、イスラエルの基準ではユダヤ人とはいいがたいが、本人はみずからをユダヤ人と認識しているという。

1960年にはイスラエル建国の苦難を描いた『栄光への脱出』(原題:Exodus)という映画で主演をつとめている(監督のオットー・プレミンジャーもユダヤ系)。この映画自体、かならずしもアラブ人を一方的に悪く描いているわけではないが、当時のアラブ諸国の基準からみれば、イスラエルの建国そのものが許されないので、ポール・ニューマンも反アラブということになる。

近年、アラブ諸国によるボイコットは機能不全に陥っている

かつてアラブ・ボイコット(イスラエル・ボイコットとも)と呼ばれるアラブ諸国による対イスラエルのボイコットが日本企業にも大きな影響を与えていたことがある。

中東戦争で劣勢に立たされたアラブ諸国は、イスラエルと取引を行った企業をブラックリストに載せ,その企業とはアラブ諸国が取引をしないとする政策を開始した。この政策は、のちにボイコット非対象企業であっても、ボイコット対象とされた企業の製品を使用した製品であれば、輸入禁止にされるなど強化された。

しかし、国際情勢の変化からこのボイコットは機能不全に陥っていった。最近ではBDS運動(Boycott, Divestment and Sanctions)として、より洗練されたかたちに進化したものの、西側諸国からの反発も強く、イスラエルに対する大きな圧力にはなっていない。

中東和平プロセスはまったく進まず、今年になってからアラブ首長国連邦(UAE)、バハレーン(バーレーン)、そしてスーダンといったアラブ諸国が相次いでイスラエルと国交正常化で合意する始末である。

むろん、イスラーム諸国のなかにはこうした流れに、パレスチナを置き去りにするものだと批判する声も出ているが、潮目はすでにイスラエルとの関係強化に向かっている。たとえイスラエル人が主演であっても、おそらくこの新しいクレオパトラ映画も、多くのアラブ諸国で上映されるのであろう。

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story