コラム

ブティジェッジ、あるいはブー・ダジャージュ、ブッダジャージュ、アブー・ダジャージ......に注目する理由

2020年02月07日(金)16時20分

それもあって、9世紀から12世紀までアラブ人の支配を受けていた。その後、ノルマン人やスペイン人に支配され、16世紀には聖ヨハネ騎士団領となり、そのため、聖ヨハネ騎士団はマルタ騎士団と呼ばれるようになった。

18世紀末、ナポレオンがエジプト遠征をしたとき、フランスがマルタを短期間占領したが、その後は英国がマルタを支配した。だが、第二次世界大戦後、マルタはその英国から独立を果たし、2004年にはEUにも加盟している。したがって、公用語はマルタ語と英語とされる。

実は、アラビア語を勉強したものにとって、マルタ語はたいへん親近感のわく言語である。たいてい授業のどこかで、あるいは教科書のどこかで、マルタ語はアラビア語である、と習うからだ。

実際、文字こそラテン文字を使っているが、文法はほぼアラビア語と同じだし、基礎的な語彙もアラビア語起源が多い(それにシチリア語、イタリア語、フランス語、さらに英語などの影響も受けている)。ロマンス語系言語の影響を受けたアラビア語という点では、アラビア語のマグリブ(北アフリカ)方言に近いとされている。

おそらく9世紀後半からのアラブ人の支配のあいだにアラブ化されたと考えられるが、その後のヨーロッパ人の支配のほうがはるかに長いのに、アラビア語が生き残ったのは、マルタがヨーロッパとアラブ世界のあいだの中継地であり、軍事的、経済的、文化的な交流がつづいたからであろう。

姓は直訳すると「ニワトリの父」、おまけに8か国語をしゃべるという

さて、ひるがえってブティジェッジという名前である。この名前も当然、マルタ語であり、したがってアラビア語で解釈できる。そして、アラビア語ではブー・ダジャージュ、あるいはブッダジャージュ(بو الدجاج)、あるいはアブー・ダジャージュかアブッダジャージュであり、いずれも直訳すると「ニワトリの父」である(ちなみに、わたしの耳では、ブティジェッジの「ティ」の部分は「ディ」とか「ダ」とも聞こえる。となると、よりアラビア語の発音に近くなる)。

おそらく先祖は養鶏業かなんかを営んでいたのだろう。なお、この名前、マルタではそれなりに由緒ある名前らしく、マルタ共和国第2代大統領もブティジェッジ(Buttigieg)である。

ピート・ブティジェッジの父親は米国で大学教授をつとめており、ピート自身も、ハーバード大学と英国のオックスフォード大学ペンブローク・カレッジを卒業している(ちなみに先日即位したオマーンの新国王ハイサムもペンブローク・カレッジの卒業生であり、ヨルダンのアブダッラー2世国王も同カレッジに在籍していた)。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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