- HOME
- コラム
- イスラーム世界の現在形
- 『ボヘミアン・ラプソディ』ゾロアスター教とフレディ…
『ボヘミアン・ラプソディ』ゾロアスター教とフレディの複雑さ
ゾロアスター教といえば、遺体を鳥に啄ませる「鳥葬」が一般的
もう一つ本作で個人的に興味深かったのは、ゾロアスター教に関わる部分である。今となってはタイトルすら覚えていないのだが、昔、NHKのBSだったかでフレディのドキュメンタリーを見た記憶がある。そのとき、フレディの母が、彼の一族やフレディ自身へのゾロアスター教の影響を語っていたのだが、映画を観ながら、ふとその場面が頭をよぎった。
フレディ自身がけっして敬虔なゾロアスター教徒でなかったことは映画のなかでも触れられているが、彼のこの信仰上のアイデンティティ問題が作品全体の基層低音として通底しているのではないかと、悪い癖だが、中東を生業としているものとしてはどうしても考えたくなる。
ネタばれになるが、映画冒頭で父親との確執が明らかになり、父がゾロアスター教の信仰実践の柱である「三徳」を引き、フレディをたしなめる場面がある。三徳とは「善を思い」、「善を語り」、「善を行う」を意味するが、フレディの行動はそれに反していると父は見ていたのだ。
しかし、最後にフレディは病に侵された体を押してアフリカ難民救済のための「ライブ・エイド」に出演する。映画では、まさにその場面においてフレディは「三徳」を口にするのだ。
なお、この作品ではLGBT問題が重要なテーマにもなっているが、本作の監督をつとめていたブライアン・シンガーが、未成年の男性をレイプした嫌疑などで途中降板させられるというオマケまでついてしまった。ちなみにゾロアスター教でも同性愛はご法度で、(経典上は)極刑に処せられたり、蛇をお尻の穴から入れて、口から出すという刑で罰せられたりするといわれている。
わたし自身は本作ではじめて知ったのだが、フレディの葬儀はゾロアスター教式で執り行われたという。インターネット上の情報だと、彼の遺体は火葬にされ、散骨されたというのが多いが、本来、ゾロアスター教は、拝火教と呼ばれていることからもわかるとおり、火を神聖視する宗教であり、遺体を焼却するのは火を汚すことになるので火葬は禁止されていたはずだ。
かつてゾロアスター教といえば、遺体を鳥に啄ませる「鳥葬」が一般的であり、実際、インドのゾロアスター教徒のあいだでは今でも「ダフマ」と呼ばれる塔を使った鳥葬が行われているという。さすがに英国で鳥葬はできないだろうが、フレディの埋葬場所は今でも謎になっているらしい。
2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
アントニオ猪木、歴史に埋もれたイラクでの「発言」 2022.11.14
研究者の死後、蔵書はどう処分されるのか──の、3つの後日談 2022.07.28
中東専門家が見た東京五輪、イスラエルvsイスラーム諸国 2021.08.16
日本人が知らない、社会問題を笑い飛ばすサウジの過激番組『ターシュ・マー・ターシュ』 2021.06.02
トルコ宗務庁がトルコの有名なお土産「ナザール・ボンジュウ」を許されないとした理由 2021.02.25