コラム

『ボラット』の監督が作った9.11のコメディー『オレの獲物はビンラディン』

2017年12月16日(土)15時28分

From Transformer-YouTube

<英国のコメディアン、サシャ・バロン・コーエンと組んでコメディー作品を送り出してきたラリー・チャールズが監督。アラブ人やムスリムを差別的に扱ってきたハリウッドが、9.11テロに関わるコメディーを作った>

たとえマイナーな分野であっても、一つのことを長くやっていると、たまには役得のようなものはあるものだ。わたしの場合、何年かに一度、映画の試写会に招待されるのが、その数少ない役得である。

仕事でアルカイダとかイスラーム国(IS)について本を書いたり、メディアなどで発言したりすることが少なくないので、そうした関係の映画が公開されるときなど、映画配給会社が気を利かせてくれることがある。これまでだと、『キングダム/見えざる敵』(2007年)とかアカデミー作品賞候補にもなった『ゼロ・ダーク・サーティ』(2013年)などでは試写会だけでなく、解説を書くアルバイトまでさせていただいた。

で、今回の役得は『オレの獲物はビンラディン』という映画であった(12月16日封切り)。主演はニコラス・ケイジ、監督はラリー・チャールズ。わたし自身、お世辞にも熱心な映画ファンとはいいがたいので、この2人以外、キャストもスタッフも誰一人知りません(映画の冒頭、セクハラ疑惑で大顰蹙の「ハーベイ・ワインスタイン」の名前がチラッと見えた気がした。どうやらExecutive Producersの1人のようである)。

映画は、国際テロ組織アルカイダの指導者、オサーマ・ビンラーデンを捕獲するため、7回も単身パキスタンに渡り、結局パキスタン当局に捕まって、米国に連れ戻されるという、実在する危ないオジさん、ゲイリー・ブルックス・フォークナーの物語だ。

9.11事件後、10年近く経ったというのに、オサーマを捕まえられない米軍の不甲斐なさに憤った主人公が、神の啓示を受け、日本刀などで武装して、単身パキスタンにいって孤軍奮闘する、という荒唐無稽な話なのだが、大枠は「実話」であり、それ自体すでに爆笑喜劇なので、これをさらに面白い映画に仕立てるのは簡単なようで、けっこうむずかしい。

たとえば、主人公は、最初にパキスタンに行くとき、小さな船を買って、サンディエゴからパキスタンに向け、出航する。この逸話は映画でも大きくあつかわれているが、実際にフォークナーが帰国後メディアで語ったエピソードは、映画と比較しても遜色ない面白さだ。

個人的にはフォークナーを演じたニコラス・ケイジの怪演ぶりよりも、監督のラリー・チャールズが気になる。彼は『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(2006年)、『ブルーノ』(2009年)、『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』 (2012年)などの作品で知られているが、この3作はいずれも英国のコメディアン、サシャ・バロン・コーエンとのコンビで、内容はどれもあからさまな差別ネタであり、中東(中央アジア)、イスラーム、LGBTが主たる標的になっている。

チャールズやコーエンの真意がどこにあるかは、わたしにはわからないが、マイノリティーに厳しい米国への痛烈な皮肉だと好意的に見る向きもある。実際、差別意識をもった人たちが米国にいるのはたしかだろう。ただ、この2人、そしてついでにいえば、ワインスタインも、本来であれば、差別される側の人間であることも大きいはずだ。たとえば、『ボラット』でコーエン演じる主人公のカザフスタンのジャーナリスト、ボラットがやたらと反ユダヤ的発言を行うのは、コーエンがユダヤ人だからできることだろう。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、中国製半導体に関税導入へ 適用27年6月に先送

ワールド

トランプ氏、カザフ・ウズベク首脳を来年のG20サミ

ワールド

米司法省、エプスタイン新資料公開 トランプ氏が自家

ワールド

ウクライナ、複数の草案文書準備 代表団協議受けゼレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 9
    砂浜に被害者の持ち物が...ユダヤ教の祝祭を血で染め…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story