コラム

デモ、弾圧、論争、「卵巣に影響」...サウジが女性の運転を解禁するまで

2017年10月25日(水)18時39分

Faisal Al Nasser-REUTERS

<27年前には女性のデモも――。世界で唯一、女性の自動車運転が許されなかった国サウジアラビアの「最高命令」発布はニュースになったが、なぜ長らく免許交付が許されなかったのか。これまでの紆余曲折を振り返る>

サウジアラビアのサルマーン国王は9月26日、来年6月から女性に自動車運転免許証の交付を許可する最高命令を発布した。ほとんど聞いたこともない「最高命令」などという大仰な語が用いられたことからも、この問題が、世界で唯一、女性の自動車運転が許されない国サウジアラビアにとって、いかに重大な意味をもっているのか想像できる(もっとも、ターリバーン時代のアフガニスタンやテロ組織イスラーム国の支配地域で女性が運転できたかどうかは不明だが)。

なお、運転できないという言いかたは正確ではない。正確には、運転免許が交付されないということだ。付言すると、それに関する明文化された法律はなく、単に慣習上女性には自動車の運転免許を交付してこなかっただけである。ただし、都市部以外では、女性が必要上、車を運転するケースも散見され、その場合は黙認されることも少なくなかった。

砂漠であればお目こぼしもあろうが、都市部ではそうもいくまい。しかも、サウジアラビアは公共交通機関が未整備のため、買い物や通学、通勤、子どもの送迎などさまざまな場面で車の利用が必須である。

しかし、女性が車を運転できないとなると、男性後見人(通常、父や兄弟、息子など)に運転してもらうか、その都度タクシーを利用するか、外国人労働者のドライバーを雇うしかなかった(最近はウーバーのような配車アプリを利用するケースも少なくない。サウジの政府系投資基金が昨年、35億ドルをウーバーに出資したのも、この女性によるウーバー利用を見越していたのかもしれない)。

世界が注視するなか、自動車運転デモは弾圧された

こうしたあからさまな女性差別に対し、もちろんサウジの女性たちはただ忍従していたわけではない。たとえば、1990年11月、女性たちが首都リヤードで自動車運転デモを行っている。約50人の女性がみずから自動車を運転し、リヤード市内をめぐって、運転許可を政府に要求したのである(ちなみに、彼女たちは全員、外国で正規の運転免許を取得しており、技能的には問題なかったはずだ)。

この時期にデモを行ったのには意味がある。この年8月2日、イラクがクウェートに侵攻し、その後米国中心の多国籍軍がサウジアラビアに駐留していたのである。それにともない米軍などの女性兵士が顔や髪の毛を出したまま街中を闊歩し、あまつさえ車の運転までしていたのだ。加えて世界中のメディアがサウジアラビアに集まっていたことも影響している。世界の耳目がこの時期、サウジアラビアに集中していたのである。

女性たちが、これを好機ととらえたのはまちがいない。また、世界が注視するなか、さすがのサウジ政府もそれほどひどいことをするまいと目論んでいたことも否定できないだろう。しかし、結果は正反対。当局は徹底的に弾圧したのである。彼女たちは拘束され、厳しい取調べを受け、結局、一時的ではあるが、職場を追われたり、旅券を押収されたりするものも出た(彼女らが職場復帰するまで約1年かかっている)。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米オープンAI、マイクロソフト向け収益分配率を8%

ビジネス

中国新築住宅価格、8月も前月比-0.3% 需要低迷

ビジネス

中国不動産投資、1─8月は前年比12.9%減

ビジネス

中国8月指標、鉱工業生産・小売売上高が減速 予想も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 8
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story