コラム

自衛隊「海外派遣」議論のきっかけはフェイクニュースだった

2017年07月28日(金)14時22分

この問題については、すでにあちこちで議論されているので、お気づきのかたも多いだろう。日本は135億ドルという莫大な資金援助を行ったのに、この感謝広告で国旗はおろか、国名すら記されなかったのである。

このことは、多くの日本の政治家にとって深刻なトラウマとなった。あれだけの金を支払ったのに、クウェートから感謝されなかった。やっぱり金だけではダメだ。汗や血を流さねば、国際社会からは評価されない、と。ここから、自衛隊の海外派遣の議論が本格的にスタートするのである。

危険な掃海任務に従事したから記念切手入りした?

一般的な認識に近いものとして、Wikipedia日本語版にある「自衛隊ペルシャ湾派遣」という項目を見てみよう。ここには次のような記述がある(2017年7月25日閲覧)。


湾岸戦争に際して日本は、130億ドルにも上る資金協力を行った。それにもかかわらず、クウェートが湾岸戦争終結直後に、ワシントン・ポスト紙の全面を使って謝意を表した広告には、クウェート解放に貢献した全ての国の国旗が掲載されていたが、金銭的貢献しか行わなかった日本は除かれていた。しかし掃海部隊が派遣されたあとでは、クウェートでは、日本の国旗が新たに他国に加わって印刷された記念切手が発行されるなど、危険を伴った人的貢献への評価が一変した。

上に述べたとおり、広告には「クウェート解放に貢献した全ての国の国旗が掲載された」わけではない。この文章にはそうした事実関係の誤りはあるものの、多くの人がこういう認識をもっていることは否定できないだろう。

さらに、自衛隊の掃海部隊がペルシア湾に派遣され、危険な掃海任務に従事すると、日本への評価が一変し、クウェートは日本の国旗を加えた記念切手を発行し、日本の人的貢献に感謝するようになった、という部分も、どこかで聞いたことがあるのではないだろうか。やっぱり、金を出すだけではダメで、危険を冒したり、汗を流したりすれば、感謝されるんだというロジックである。

その記念切手というのは下に挙げたものであろう。これは、湾岸戦争の終了後しばらくして、わたし自身がクウェートを訪問したときに、クウェートで購入したものである。

たしかに上から三段目、一番右端に日本の国旗がある。やっぱり、自衛隊を派遣してよかったなあ。今度はクウェートから感謝された、といいたいところだが、感謝広告にはじまる、この一連のロジックにはおかしなところがいくつかある。

hosaka170728-chart1.png

【参考記事】「自衛隊は軍隊」は国際社会の常識

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の州司法長官、AI州法の阻止に反対 連邦議会へ書

ビジネス

7-9月期GDPギャップ3期ぶりマイナス、需要不足

ワールド

韓国前首相に懲役15年求刑、非常戒厳ほう助で

ビジネス

景気判断「緩やかに回復」維持、物価高継続の影響など
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story