コラム

「白くない」エミー賞に、アラブの春を思い起こす

2016年09月26日(月)16時18分

 実は、MR. ROBOTシリーズのプロデューサーであり、脚本も書いているサム・エスマイル(サーム・イスマーイール)もやはりエジプト系米国人である(ただし、彼はキリスト教徒ではなく、ムスリム)。MR. ROBOTでは、プロデューサーの方針なのか、最近の米国のエンターテインメント業界の傾向なのか、主要な配役をさまざまなエスニシティーに割り振っており、マレックのほか、ユダヤ系、黒人、日系、インド系、中国系などさまざまな出自の俳優が出演している。

 さて、MR. ROBOTの粗筋を思い出してほしい。いろいろ問題を抱えた弱者、とくに若者たちが、ICT技術を駆使して、強大な悪と戦うという構図。そして、プロデューサーがエジプト系米国人。中東に関心のある人であれば、2011年のエジプトでの革命を思い起こすにちがいない。2010年末のチュニジアに端を発した、いわゆる「アラブの春」は翌年1月、エジプトに飛び火、30年間にわたってエジプトに君臨した独裁者、ムバーラク大統領は打倒された。

 メディアでは、そのとき若者たちがインターネットを駆使して、多数の人びとを動員、結果的にはそれが巨大な権力を誇ったムバーラク政権を崩壊させたと報じられた。実際、エスマイルは、事件後しばらくしてエジプトにいき、若者たちがソーシャルメディアやテクノロジーを使って、国家や社会に対し怒りをぶつけているのをかっこいいと感じたといっている。また、アラブの春で顕在化した若者たちの不安や苦悩がMR. ROBOTの物語に投影されていることを告白している。f-societyのメンバーたちがよく「革命」という語を口にしているのは象徴的であろう(ただし、わたし自身も含め、研究者の多くは、アラブの春におけるソーシャルメディアの役割は限定的だったと考えている)。

【参考記事】エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

 あれからすでに5年が経過、エジプトでは革命の熱狂はとっくに冷めてしまい、それどころか、状況は革命前よりも退行しているとさえいわれている。わたしはまだMR. ROBOTのシーズン1しか見ていないので、結末がどうなるのか、わからないが、エジプトの血を受け継ぐ若者たちがエジプトの現状を、米国のテレビドラマのなかに、どう織り込んでいくのか、あるいはいかないのか、興味あるところである。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story