コラム

よみがえった「サウジがポケモンを禁止」報道

2016年06月28日(火)16時32分

 ちなみに創設者で所長のイーガル・カルモンは元イスラエル軍諜報部に勤務していた人物で、MEMRI自体、米国の保守系やネオコン系組織から多くの資金を得、米国務省からも援助を受けている。日本語版の「評価」コーナーには、欧米の大手メディアのほか、「プリンストン大学のバーナード・ルイス教授、ノーベル平和賞のエリ・ウィーゼル、ピューリッツァ賞のチャールズ・クラウトハンマー等多数の知識人から高い評価を受けている」とある。錚々たるメンバーだが、3人とも筋金入りの親イスラエル派である。

 MEMRIの提供するのは、多くがアラビア語やペルシア語のメディアで報じられたニュースの翻訳である。誤訳が多いという説もあるが、単なる誤訳ではなく、意図的な誤訳も疑われている。だが、MEMRIの問題は、誤訳の多寡ではなく、翻訳される元記事の選択にあるといっていい。しばしば、批判されるのは、MEMRIが、数あるアラブやイスラーム世界の記事のなかでも極端なもの、アラブ・イスラーム世界に対する偏見を助長しかねないものばかりをピックアップしているという点だ。MEMRIがイスラエルの宣伝機関だと非難される所以である。タチの悪いのは、MEMRIが、アラビア語やペルシア語のメディアがよくやるような「捏造」を(たぶん)していないことである。それだけに記事の選択に底意地の悪さ、あざとさが目立つ。

ポケモンをめぐるイスラームの法学論争

 さて、話を戻す。前述のように、アールッシェイフがポケモンを禁止したのは2001年、9/11事件の半年ほどまえのこと。そのころ、ポケモンはすでに世界中を席巻し、あちこちで問題を起こしていた。中東も例外ではなく、当時、ぼくの住んでいたカイロでも町中にポケモンが溢れていた(ただし、カイロで売っていたポケモン・グッズの多くはパチモン)。では、なぜサウジのイスラーム法学者はポケモンを禁止したのだろうか。アールッシェイフによれば、ポケモンはギャンブルなんだそうである。さらに、ポケモンは進化するから、イスラームで許されない進化論を肯定する。また、ポケモン・カードのなかには、日本の神道のマークや六芒星があり、これはポケモンが多神教で、シオニズムである証拠だそうで、だから、ポケモンはイスラームに反している、というわけだ。

【参考記事】サウジ、IS、イランに共通する「宗教警察」の話

 ポケモンをめぐるイスラームの法学論争にこれ以上、立ち入るつもりはない(くわしくはこちらを参照)。いずれにせよ、これをきっかけにサウジアラビアから一気にポケモンが消え去り、あれほど子どもたちに人気があったアニメも放送中止となってしまった。それから15年、たしかにサウジアラビアでポケモンが禁止されたのは事実だが、禁止された日付を書かずに、今さらポケモンがサウジで禁止されたと報じるのはフェアとはいいがたく、逆に誤解や偏見を招く恐れすらある。

 ツイッターで「ポケモン」「サウジアラビア」を検索すると、出てくるのはほとんどスプートニクの記事を引用したツイートばかり。なかには2001年の事件にまでさかのぼってきちんと調べているのもあるが、例外的である。スプートニクだけしか読んでいない人たちにとって、15年間の時空の歪みを通して見たサウジアラビアはどのように映ったのだろうか。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story