ニュース速報

ワールド

アングル:機能低下の北極評議会、ロと協力停止 高まる氷解リスク

2023年05月11日(木)07時53分

 5月9日、北極評議会は30年近くにわたり、冷戦後の協力関係の成功例として知られてきた。写真はノルウェー・ロングイェールビーン近郊の景色。4月5日撮影(2023年 ロイター/Lisi Niesner)

[ワシントン/ロンドン/オスロ 9日 ロイター] - 北極評議会は30年近くにわたり、冷戦後の協力関係の成功例として知られてきた。ロシアや米国を含む加盟8カ国は、気候変動に関する研究や、生態系に注意を要するこの地域の社会開発で協力してきた。

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、加盟国はロシアとの協力を中止。北極の海岸線の半分以上を支配するロシアと協力できない以上、北極評議会の存在意義は脅かされかねないとの懸念が専門家の間で高まっている。今月11日にはノルウェーがロシアから議長国を引き継ぐ予定だ。

北極評議会が機能不全に陥れば、この地域の環境と400万人の住民に悲惨な影響が及びかねない。海氷融解の影響を受ける上、ほぼ未開発の鉱物資源に対して非北極圏諸国が関心を抱いているからだ。

評議会はフィンランド、ノルウェー、アイスランド、スウェーデン、ロシア、デンマーク、カナダ、米国の北極圏8カ国で構成。過去には環境保護・保全に関する拘束力のある合意を生み出している。

評議会は、北極圏の先住民族が声を届けられる貴重な場でもある。安全保障問題は取り扱わない。

だが、ロシアとの協力関係が断たれたことで、130のプロジェクトのうち約3分の1が棚上げされ、新規プロジェクトは進められず、既存のプロジェクトは更新できていない。欧米とロシアの科学者が気候変動の研究成果を共有することはなくなり、捜索救助活動や原油流出事故についての協力も停止している。

アンガス・キング米上院議員は、ロイターに対し「北極評議会が様々な問題を解決する上で、この状況が深刻な足かせになるのではと心配している」と述べた。

<地域分断も>

北極圏は、世界の他の地域と比べて約4倍の速さで温暖化が進行している。

海氷が消え、北極の海は海運の他、石油、ガス、金、鉄鉱石、レアアースなど天然資源の開発に熱心な産業に開放されつつある。

ロシアと他の加盟国との不和により、こうした変化に有効な対応が採れる可能性は大幅に低くなった。

ハーバード・ケネディースクールの北極圏イニシアチブ共同ディレクターで、オバマ元米大統領の科学顧問だったジョン・ホールドレン氏は「ノルウェーが大きな課題を抱えている。ロシアを欠いた状態で、北極評議会の優れた活動を最大限守り抜くという課題だ」と述べた。

一方、ロシアは同国なしに活動は続けられないと主張する。同国のニコライ・コルチュノフ北極圏大使はロイターに、北極評議会は弱体化しており「北極問題に関する主要なプラットフォームであり続けることができる」という自信はないと語った。

さらに心配なのは、ロシアがこの地域の問題で独自の道を歩むばかりか、対抗する評議会を設立する可能性だ。

ロシアは最近、北極圏で非北極圏諸国との協力関係を拡大するための措置を講じている。ロシアと中国は4月24日、北極圏における両国の沿岸警備隊の協力関係を定めた覚書に署名した。

それに先立つ4月14日、ロシアは中国、インド、ブラジル、南アフリカのBRICS諸国をスバールバル諸島のロシア人居住地に招き、調査を実施した。同諸島はノルウェーの主権下にあるが、1920年の条約に基づき他国も産業活動を行える。

米ホワイトハウス北極圏運営委員会の執行ディレクター、デビッド・バルトン氏は「ロシアが北極圏以外の国、特に中国と関係を築こうとしており、これは懸念すべき事態だ」と述べた。

ロシアのコルチュノフ氏は、軍事的な意図を持たない限り、北極圏に非北極圏の国が来るのをロシア政府は歓迎すると説明。「われわれが純粋に平和的なパートナーシップ形態に専念している背景には、非北極圏諸国と科学・経済協力を築くことの必要性もある」と述べた。

<ロシアとの関わり方>

ノルウェーは、ロシアからの議長国の円滑な引き継ぎを「楽観視」していると言う。北極評議会を維持することが、全ての北極圏諸国の利益となるから、というのがその理由だ。

ノルウェーのペテルソン外務副大臣は、ロイターに対し「北極圏協力のための最も重要な国際フォーラムとして北極評議会を守り、存続させる必要がある」と述べた。

しかし、ノルウェー自体、ロシアとの関係が緊迫化している今、それは容易ではないだろう。ノルウェーは今年4月、ロシア外交官15人をスパイだとして追放した。ロシアはこれを否定。コルチュノフ氏は、この追放によって協力に必要な信頼が損なわれたと語った。

それでも、ノルウェーはロシアとの微妙なバランスを取る役目に適している、とアナリストは言う。ノルウェーは北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、北極圏でロシアと国境を接している。

オスロのフリチョフ・ナンセン研究所で北極の統治・安全保障の上級研究員を務めるSvein Vigeland Rottem氏は「政治的に許されるようになった場合、ロシアを北極評議会に再び迎え入れるべくドアを開けておく可能性について、ノルウェーは最も率直に発言してきた」と述べた。

デンマークのAaja Chemnitz Larsen議員は「将来的にロシア抜きの北極評議会はあり得ない」と指摘。「いつか(ウクライナでの)戦争が終わり、違う時代が訪れた時に備えておく必要がある」と語った。

(Humeyra Pamuk記者、Gloria Dickie記者、 Gwladys Fouche記者)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナとの占領地域交換交渉、「決してしない」と

ワールド

イスラエル軍が予備役招集、ガザ戦闘再開備え 仲介国

ワールド

中国がロシアの無人機製造支援、西側部品密輸拠点に=

ビジネス

スターゲート次第で、投資はこれから少し加速する=ソ
MAGAZINE
特集:ガザ所有
特集:ガザ所有
2025年2月18日号(2/12発売)

和平実現のためトランプがぶち上げた驚愕の「リゾート化」計画が現実に?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 2
    2025年2月12日は獅子座の満月「スノームーン」...観察方法や特徴を紹介
  • 3
    iPhoneで初めてポルノアプリが利用可能に...アップルは激怒
  • 4
    世界のパートナーはアメリカから中国に?...USAID凍…
  • 5
    フェイク動画でUSAIDを攻撃...Xで拡散される「ロシア…
  • 6
    研究者も驚いた「親のえこひいき」最新研究 兄弟姉…
  • 7
    0.39秒が明暗を分けた...アルペンスキーW杯で五輪メ…
  • 8
    便秘が「大腸がんリスク」であるとは、実は証明され…
  • 9
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 10
    メーガン妃の最新インスタグラム動画がアメリカで大…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 3
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 4
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギ…
  • 5
    戦場に響き渡る叫び声...「尋問映像」で話題の北朝鮮…
  • 6
    Netflixが真面目に宣伝さえすれば...世界一の名作ド…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    研究者も驚いた「親のえこひいき」最新研究 兄弟姉…
  • 9
    メーガン妃の最新インスタグラム動画がアメリカで大…
  • 10
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中