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アングル:米国人在宅ワーカー殺到、家賃の高騰に悩むメキシコ市

9月13日、市内のカフェや公園、民泊施設には、世界各地から多数の訪問者が流れ込んでいる。写真はメキシコ市のコーヒーショップでノートパソコンを開き働く人々。9日撮影(2022年 ロイター/Raquel Cunha)
[メキシコ市 13日(ロイター)] - メキシコ市の中でも流行の先端を行く、おしゃれなカフェやレストランに囲まれた公園の一角に、白い服をまとって祈りを捧げるカトリック風の彫像が建っている。ジェントリフィケーション(高所得層の流入に伴う地域の高級化)にあらがう守護聖人、という触れ込みだ。
製作者は、メキシコ人活動家のサンドラ・バレンズエラ氏。メキシコ市で自分のコミュニティーやそれ以外の人々への脅威が高まっていると考え、それに対抗するべく隣人たちを団結させようと像を作ったという。
市内のカフェや公園、民泊施設には、世界各地から多数の訪問者が流れ込んでいる。大半を占めるのが米国人で、新型コロナのパンデミックに伴い、毎日の通勤から解放されたリモートワーカーたちだ。
2022年上半期、200万人近い外国人がメキシコ市国際空港に到着した。2019年上半期に記録した250万人に迫る水準だ。ネットに掲載される賃貸情報を分析している市場調査会社エアDNAによれば、この時期、メキシコ市内の短期賃貸物件の需要は44%増加したという。
メキシコ市在住で、ライター兼コンテンツ制作者として働くマルコ・アイリングさんが、人気の高いコンデサ地区を歩いている。一帯には、「貸物件」の看板と、洒落たカフェやベジタリアン向けレストランの看板が交互に並ぶ。
アイリングさんはカリフォルニア州サンディエゴ出身。「ドルで稼いでペソで消費できれば、非常に有利なのは確かだ」と言う。「実質的に収入が3倍になるのだから」
だが住宅問題に取り組む活動家や一部の研究者は、貧富の格差が顕著なことで知られるメキシコ市では、「デジタル・ノマド」の流入によりインフレが加速し、いくつもの地区が流入外国人向けの高級「バブル」に変貌していると指摘する。
<高騰する家賃>
コンデサ地区の町内会長を務めるラファエル・ガルネロス氏は、コンデサやローマといった高級住宅街の住民のあいだには不満があると指摘する。Airbnbなどの短期賃貸仲介サイト経由で保有物件を貸して月額2万5000メキシコペソ(約17万9000円)を稼ごうとする住宅オーナーが増えており、長年ここで暮らしている住民が排除されつつあるからだ。
メキシコ統計当局によれば、2020年、メキシコ市の高所得世帯上位10%は、下位10%の世帯の13倍以上の収入を得ていた。ところが、米国とメキシコのあいだの所得格差は大きく、メキシコ市の裕福な住民でさえ家賃を払えない状態に陥る可能性がある。
エアDNAのデータによれば、2022年8月のメキシコ市内における短期賃貸の平均料金は、2019年8月に比べて27%上昇の1日93ドル(1万3000円)になった。メキシコ政府は2018年に平均賃料の公表を停止したが、不動産サイトのラムディが行った調査によれば、2020年12月から2021年12月にかけての1年間で、メキシコ市における賃料はわずかに低下した。
ところが、コロナ禍に伴いリモートワークが激増して以来、平均賃料についての調査はほとんど行われていない。
8月のある日の午後、フアン・コロナドさんは木々に囲まれたレストランのボックス席に滑り込み、ノートパソコンを開いて、食事を摂りつつ仕事を片付けようとしている。
建築家・インテリアデザイナーとしてロサンゼルスとメキシコ市を行き来しているコロナドさんは、地元住民の怒りは理解できると語った。
「私だってタダ乗りしているわけではない。地元経済には貢献している」とコロナドさん。「とはいえ、地元の人にとってはね。私がここで働いているからといって、家賃高騰という事実がどうなるわけでもない」
メキシコ市では、法律により住宅オーナーは年間10%しか賃料を引き上げられない。だが、取り締まりが行われることはめったにないし、短期賃貸市場は適用外だ。
<変貌する地域>
住民のあいだでは、賃料の上昇だけではなく、地域において地元住民よりも外国人が歓迎されるようになるという、目に映りにくい変化を指摘する声もある。
「ゆっくり安眠することもできない」とコンデサ住民の1人、ケツァル・カストロさんは語る。コンデサは賑やかなナイトライフの拠点になり、友人たちは街を離れてしまったという。
「デジタル・ノマド」は、移動しながらリモートワークをする人々とされている。こうした人々が地元経済に与える影響は従来の旅行者とは異なっていると指摘するのは、ジェントリフィケーションに関する研究を進めているカナダのマギル大学のデビッド・ワックスムス教授だ。
ワックスムス教授は、「デジタル・ノマド」は住宅地区に定住する傾向が強く、地元ビジネスに金を落としているという。その一方で、長年の住民にとってはそこまで恩恵のないサービスに対する需要も生み出している。「たとえば、食料品店がレストランに変わってしまう」
メキシコ市の労働者の平均時給は53メキシコペソ(約380円)で、大半の人は「デジタル・ノマド」が享受するライフスタイルには手が届かないが、サンディエゴ出身のアイリングさんは、外国人がこのメキシコの首都に抱く愛着は明るい材料になるのではないかと指摘する。
「麻薬や暴力、貧困だけではない」とアイリングさんは言う。「この国には美しい側面があり、皆がそれを高く評価している」
(Alberto Fajardo記者, Roberto Ramirez記者、Josue Gonzalez記者、翻訳:エァクレーレン)