ニュース速報

ワールド

焦点:アメリカ鉄鋼の街「再び偉大に」、トランプ関税の功罪

2018年06月03日(日)09時52分

 5月25日、「米国を再び偉大に」のスローガンで古い産業都市の再生を公約に掲げ、トランプ氏が大統領に当選した2016年、デイブ・クルシエルさんはイリノイ州南部グラニットシティにある製鉄所の仕事に戻ることを願っていた。写真は24日、生産再開を決めた同製鉄所(2018年 ロイター/Lawrence Bryant)

Nick Carey

[グラニットシティ(イリノイ州) 25日 ロイター] - 「米国を再び偉大に」のスローガンで古い産業都市の再生を公約に掲げ、トランプ氏が大統領に当選した2016年、デイブ・クルシエルさんはイリノイ州南部グラニットシティにある製鉄所の仕事に戻ることを願っていた。

そして、その日はついに訪れた。

USスチールは、2015年に休止した高炉での鉄鋼生産を6月中旬に再開する準備を整え、再雇用を含めた約500人の労働者を新たに採用。その中に、61歳のクルシエルさんも含まれていたのだ。

「戻ってきてくれという電話を2年以上も待っていた」と彼は喜びを語る。

米政権が通商政策の刷新を目指し、多方面での戦いを繰り広げる中で、クルシエルさんやグラニットシティは「勝ち組」となった。19世紀後半にまでルーツをさかのぼれるグラニットシティ・ワークスでの好待遇の雇用が、2万9000人が住む地域の柱だと、市当局者は語る。

「家族を養える仕事だ」とグラニットシティのハーグナウ市長は語る。「これまで、こういう仕事は失われてしまっていた」

トランプ大統領は3月、輸入される鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税をそれぞれ課した。この措置はここグラニットシティでは好評だが、他のコミュニティにでは問題が生じている。

重機メーカーのキャタピラーや自動車大手フォード・モーター、家電大手ワールプール、キャンベル・スープなど、さまざまな米製造企業にとっては、鉄鋼・アルミの価格上昇を消費者に転嫁するか、コスト削減で相殺、もしくは自身の利益を犠牲にせざるを得ない。

シカゴを本拠として国内に6カ所の鉄鋼処理プラントを保有するラファム・ヒッキー・スチールのヒッキー会長は、米鉄鋼メーカーを助けたいが、価格上昇を受けて、製造会社が鉄鋼部品を海外から購入することによって関税を回避するのではないかと懸念していると語る。

「それにより誰よりも得をするのは、余剰の鉄鋼をたっぷり抱えている中国だろう」と同会長は語る。

今回の関税は一部の国に対してすでに実施されており、カナダ、メキシコ、欧州連合(EU)に対する暫定的な免除措置も6月1日に失効する予定だ。

関税の行方が不透明なため、米鉄鋼メーカーの株価は停滞している。USスチール株は今年に入り株価上昇していたが、現在では年初来1.6%上昇にとどまっている。ニューコアも、やはり年初来で1.6%の上昇にすぎない。

<企業城下町>

グラニットシティは、関税のおかげで生まれた都市だ。

1890年のマッキンリー関税法によって保護主義的な関税が増え、草創期にあった米国鉄鋼産業の起爆剤となり、1896年にグラニットシティが誕生した。

それ以来、鉄鋼に支えられたグラニットシティの運命は、鉄鋼産業の盛衰と軌を一にした。1970年代に市の人口は約4万人で、ピークを向かえた。米鉄鋼産業の衰退は、「ラストベルト(赤さび地帯)」の多くの都市と同様、かつては威容を誇ったレンガ作りのビルの零落ぶりに反映されている。

セントルイスからミシシッピ川を越えた場所にあるグラニットシティは、マディソン郡に含まれる。同郡は2016年の大統領選挙では、トランプ氏に15ポイント差の勝利を与えた。

USスチールは高炉再開に向けた投資情報を公開していない。この高炉は年間150万トンの粗鋼生産能力を有する予定だが、同社は3月、この高炉が「(トランプ政権の関税によって)予想される鉄鋼需要の増大に対応する」だろうと語る。

「関税で貿易戦争が始まると言われている」。グラニットシティ工場の労働者を代表する全米鉄鋼労働組合第1899支部のダン・シモンズ支部長はそう語る。「だが、私たちは過去15年間、貿易戦争の渦中にいて、ずっと負け続けだった」

ニューコアはトランプ大統領による関税発表以来、2件の投資計画を発表しているが、同社広報担当者は、これは長期的な成長戦略の一環だという。「残された関税免除措置が6月1日に失効すれば、影響はさらに大きくなるはずだ」とこの広報担当者は語る。

グラニットシティでビジネスを営む経営者たちは、USスチールの現地雇用を1300人へと増やした今回の新たな雇用について、必要な追い風になるだろうと期待している。

USスチールの工場の向かいで、ハーレー・ダビッドソンの修理・カスタマイズを行う「ジョーズ・ホグドック」の経営者ジョー・ジョーンズさんは、トランプ就任以来、事業は2倍以上に伸び、なお成長を続けているという。

「トランプ効果は実際にある」とジョーンズさん。「これによって、グラニットシティは再び偉大になりつつある」

<脅かされる雇用も>

だが他の地域では、大統領の関税措置による鉄鋼・アルミニウムの価格変動によって、雇用が脅かされている、と企業幹部らは言う。

今回の関税に加え、ロシアのアルミ大手ユナイテッド・カンパニー・ルサール<0486.HK>の大株主に対する米国の制裁によって、アルミ需要側は振り回されていると、ノルウェーのアルミニウム製造企業ノルスク・ハイドロは語り、こうした制裁がグローバルな供給不足につながりかねないと警告している。

「私が大きなリスクと考えているのは、価格が極端に変動することによるビジネス全般への脅威だ」と同社で北米地域の金属調達担当ディレクターを務めるティム・キメラ氏は語る。

ロシアのノボリペツク製鉄所(NLMK)米国事業部を率いるボブ・ミラー氏は3月、同事業部が予定していた6億ドル以上の米国投資を中止。米国内で1200人の雇用が脅かされていると警告した。

ミラー氏は、関税導入前の鉄鋼在庫が縮小しつつあり、カナダのライバル会社が関税免除措置に便乗していると指摘する。

他の多くの企業同様、NLMK米国事業部も、ロシア製鉄鋼スラブを輸入できるよう、関税の免除措置を申請している。

トランプ政権の対応次第で、従業員をレイオフするかどうかが決まる、とミラー氏は語った。

グラニットシティのクルシエルさんにとって、トランプ氏が約束した鉄鋼関税は非常に重要だ。自称「ガチガチの」民主党支持者だが、トランプ氏が鉄鋼産業の雇用を回復してくれるものと信じて、共和党候補のトランプ氏に票を投じたという。

彼自身は定年まであと1年を残すだけだが、今後もトランプ氏に投票するかどうかは、大統領が「ブレずに」関税を導入するかどうか次第だとクルシエルさんは語る。

「この街の多くの人々の生活が、この関税にかかっている。関税がなければ、ここはゴーストタウンになってしまうだろう」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エクイノール、NY州沖風力発電施設の建設中止 米政

ワールド

中国主席がカンボジア入り、歴訪最後も「保護主義」反

ワールド

中国、米に相互尊重を要求 貿易交渉の開始巡り膠着続

ビジネス

日産取締役、ルノーとの兼任ゼロに スナール会長ら退
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 3
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判もなく中米の監禁センターに送られ、間違いとわかっても帰還は望めない
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 7
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 10
    関税を擁護していたくせに...トランプの太鼓持ち・米…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 6
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 7
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 8
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 9
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 10
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中