ニュース速報

ワールド

特別リポート:トランプ大統領が誇る米空母戦略の「落とし穴」

2017年03月21日(火)12時57分

 3月2日、トランプ米大統領は、国防支出の増額計画を自画自賛する演説の舞台として、建造に約1兆5000億円を費やした米海軍の最新鋭航空母艦「ジェラルド・R・フォード」の甲板を選んだ。写真は2015年9月、中国の軍事パレードで北京の天安門広場を対艦弾道ミサイル「東風─21D」を積んだ車両が通過。代表撮影(2017年 ロイター)

Scot Paltrow

[ワシントン 9日 ロイター] - トランプ米大統領は2日、国防支出の増額計画を自画自賛する演説の舞台として、建造に130億ドル(約1兆5000億円)を費やした米海軍の最新鋭航空母艦「ジェラルド・R・フォード」の甲板を選んだ。

トランプ大統領は、史上最も高額な軍艦となる最新世代の「フォード級空母」が、今後も米軍事力の海外投入における主役だと述べた。

「近い将来、これをもっと増やしていく」。トランプ大統領は熱心に聞き入る海軍将兵らにそう語り、最新型の空母は非常に大型で堅牢に作られているため、どんな攻撃にも耐えると断言した。

トランプ大統領は、米国が実戦配備する空母の数を10隻から12隻に拡大すると語った。さらに、3艦の「超大型空母」の建造コストがこの10年間で270億ドルから360億ドルへと3分の1も膨らんだことについて、コスト引き下げを約束した。

軍当局者によれば「ジェラルド・R・フォード」1艦だけでも、予算を25億ドル超過し、就役は予定より3年遅れている。2艦目のフォード級空母「ジョン・F・ケネディ」も予定より5年遅れている。

トランプ大統領による拡張計画表明は、米国が巨費を投じた空母群の多くを撃滅できるような対艦兵器を仮想敵国が新たに建造しているとの証拠が増えているなかで行われた。また、空母が潜水艦に対して脆弱である点は、ここ数十年変わっていない。

2015年にフロリダ沖で行なわれた戦闘演習で、フランスの小型原子力潜水艦「サフィール」が、幾重もの防御網をすり抜け、米空母「セオドア・ルーズベルト」及び護衛艦艇の半数を「撃沈」した。他の海軍演習でも、ディーゼル電気推進の旧式潜水艦でさえ空母に勝利している。

1980年代初頭以来、現実の戦闘をシミュレートすることを意図した、いわゆる「フリープレー(無制限)」の軍事演習において、米国や英国の空母は少なくとも14回は撃沈している、と複数のシンクタンクや、各国海軍、メディア報道は指摘する。米海軍は演習の報告書を機密指定しているため、正確な合計は不明だ。

現在、空母を基盤として海軍戦略を構築している国は米国だけだ。米軍が展開している現役空母は10隻で、軍事的なライバルであるロシア及び中国が実戦配備しているのが各1隻ずつであるのに対して、10倍の規模となる。

防衛アナリストで韓国の慶煕大学教授でもあるロジャー・トンプソン氏は、中国、ロシア、イランを含む米国の仮想敵国が近年開発している強力な対艦兵器群により、空母の脆弱性は高まっているという。

こうした新たな兵器としては、中国の「東風21」のような地上配備型の対艦弾道ミサイルなどがある。射程距離は1100マイル(1770キロ)、音速の10倍で飛行するとされている。またロシアと中国の一部の潜水艦は、遠方から精密誘導巡航ミサイルを一斉発射することができ、空母艦隊の対ミサイル防衛網を圧倒する可能性がある。

ロシア、中国、イランその他の諸国は、いわゆるスーパーキャビテーション魚雷も保有している。この魚雷は前方に気泡を発生させることで、時速数百マイルでの超高速移動を可能にしている。この魚雷は自律誘導できないが、艦艇を直線的に狙う場合、回避するのは困難だ。

2015年、ランド・コーポレーションによる報告書「米国水上艦艇に対する中国の脅威」では、武力衝突が発生した場合、「米軍の空母にとってのリスクは大きく、それは増大しつつある」と結論づけた。

「一片の疑いもなく、空母は単なる標的にすぎない」。1966年から1986年まで米国防長官の下で働き、国防アナリストとして米軍の兵器調達について批判的なピエール・スプレー氏はそう断言する。

<空母擁護論も>

海軍首脳部は空母を支持している。米太平洋艦隊司令官のスコット・スウィフト海軍大将は、昨年末に行なわれたインタビューで、空母の持つ多用途性を高く評価している。スウィフト司令官は、空母は戦闘地域の真ん中に送り込むのに十分な堅固さを備えており、依然として「非常に生存能力が高い」と述べた。

スウィフト司令官は、自分なら、激戦のなかでも「直ちに」空母の投入を命じると語った。とはいえ、新たな対艦兵器に言及した同司令官は、空母の「生存能力は15年前ほど高くはない」とも述べている。

トランプ大統領は、艦艇を350隻まで拡張するという選挙公約を守ると述べている。米海軍が展開可能な艦艇は現在277隻である。フォード級空母を新たに1隻建造するだけで、コスト超過がないとしても105億ドルかかる。大統領は来年度国防予算の540億ドル増額を提案しているが、これだけで20%近くを費やしてしまう計算だ。

国防総省の元幹部を含む批判派のなかには、米国政府は、高額で脆弱な少数の空母に国防予算を注ぎ込みすぎだという声がある。

トランプ大統領は演説のなかで、どのようにして空母12隻体制を実現するかを明らかにしなかった。だが彼は、フォード級空母は米国の英知を結集したものであり、攻撃に耐え得ると述べている。

「この艦に競争相手は存在しない」とトランプ大統領は断言した。その上で最新鋭空母「ジェラルド・R・フォード」は、米国工業技術の「最大、最高、最良」を体現していると称賛した。

<システムの不具合>

トランプ大統領が演説で触れなかった点がある。建造元であるハンティントン・インガルス・インダストリーズが「ジェラルド・R・フォード」を進水させたのは3年以上前だが、海軍は深刻な欠陥を理由に、いまだに同艦を就役させず、実戦配備に至っていない。着艦する艦載機を捕捉・停止させる拘束制動装置など基本的なものも含め、最新のハイテクシステムの多くが機能していない。

海軍は同艦の年内就役を予定しているが、批判は続いている。

上院軍事委員会のジョン・マケイン委員長は7月、声明書のなかでコスト超過を指摘し、未解決のまま残っている重大なシステム機能不全をリストアップした。

「フォード級空母計画は、わが国の兵器調達システムを改革すべき理由を示すケーススタディだ」と同氏は指摘した。

1月に退任したレイ・メイバス前海軍長官は、「ジェラルド・R・フォード」について、「このように艦艇を建造するなという典型例だ」とロイターとのインタビューで語った。「失敗するかもしれない要素がすべて失敗している」

メイバス前海軍長官によれば、彼が海軍長官に就任する以前にすでに計画が確定していたため、フォード級にはまだ設計すら済んでいないハイテク設備が満載されることになったという。

また前長官は、造船会社に「コストプラス(原価加算)」方式の契約を認めてしまったことも批判する。これによって造船会社は、建造費用にかかわらず一定の利益を確保できることになった。「コストを引き下げようというインセンティブがまったくなかった」

戦略的な欠陥を指摘する声もある。

海軍大尉と国防総省職員の経験があり、現在は「センター・フォー・ニュー・アメリカン・セキュリティ」で国防戦略評価プログラム担当ディレクターを務めるジェリー・ヘンドリックス氏は、空母は仮想敵国に対し、少ない投資で大きな成果を挙げるチャンスを与えてしまっている、と電子メールのやり取りのなかで指摘している。

彼の計算によれば、空母1隻の建造費用で、仮想敵国は空母攻撃用の対艦ミサイルを1227発配備できるという。

「同額の投資で、敵国はわが国の空母よりもはるかに多数のミサイルを製造可能で、それによってこちらの防御能力を圧倒できる」とヘンドリックス氏は言う。

空母中心の戦略に対する代替案として最も一般的に言われているのは、潜水艦や水上艦など、空母より小型で敏速な艦艇を圧倒的に多く建造することだ。潜水艦は護衛を必要とせず、地上の標的を遠方から攻撃できる。空母は、もう70年以上も前の第2次世界大戦以降、反撃能力を備えた敵との戦闘で実力を試されていない。

海軍及び外部の国防専門家の一部は、脅威が増大しているとはいえ、空母は依然として十分に生存能力が高く、重要な任務を遂行できると主張している。彼らは空母の機動性と迅速性を高く評価し、それ以外の方法では到達できない場所に米国が空軍戦力を投入することを可能にしていると言う。

ワシントンにあるハドソン・インスティチュート・センター・フォー・アメリカン・シーパワーのブライアン・マクグレイス副所長は空母擁護派だ。彼は、空母は地上の固定された空軍基地よりも脆弱性が低いと言う。

誘導ミサイル駆逐艦の元艦長であるマクグレイス氏は、「空母は巨大な浮かぶ空港だ。そして、単なる浮かぶ空港ではなく、時速40ノットで移動できる」と言う。「それに比べて、移動しない地上の空港がどれほど脆弱なことか」

だが、元国防総省職員で以前から国防総省の調達方針に批判的なスプレー氏は、より費用対効果の優れた兵器システムの構築に使えるはずの資金を空母が浪費している、と指摘する。

「フォード級空母を1隻作るごとに、米国の防衛力を損なっている」とスプレー氏は言う。

<深刻な欠陥>

熱心な空母擁護派と批判派の双方が同意するのは、現在の米国空母の配置には深刻な欠陥があるという点だ。攻撃機の補完能力である。攻撃機のほとんどすべてがF18ホーネットなど航続距離の短い機種であり、一部の紛争では役に立たない可能性がある。

特に中国軍は多数の対艦兵器を配備した海域を確立しており、敵国の艦隊が侵入することが不可能になっている。

太平洋艦隊のスウィフト司令官や空母を担当する海軍航空総軍司令官であるマイク・シューメーカー海軍中将など、米海軍の指揮官たちは、米海軍の空母はそうした海域にも安全に侵入し、任務を遂行するのに十分な時間とどまることが可能だと説明する。

だが外部アナリストの多くは、これほど高額な艦艇と5500人もの乗員をリスクに晒すことを大統領は躊ちょするだろうと言う。

標的を攻撃して帰還するために必要な燃料を搭載した場合、F18の戦闘行動半径は400カイリ(740キロメートル)にすぎないが、空母が比較的安全であるためには、「東風」ミサイルの射程外となる1300カイリ離れている必要があるのだ。

空母擁護派・批判派双方の専門家によれば、空母が安全な距離を確保しなければならないとすれば、F18が標的まで往復するために必要な空中給油の回数は非現実的に多くなるという。つまり、空母による航空戦力の戦闘地域投入がほとんど不可能になってしまう。

F18は2020年までに新型のF35C「ライトニングII」に交代するが、こちらも戦闘行動半径は650カイリとわずかに改善されているにすぎない。

空母擁護派であるハドソン・インスティチュートのマクグレイス氏も、航続距離の短い戦闘機のために任務が果たせないと言う。

「まだ(海軍が)着手していないのは、1000マイル(約1600キロ)飛行して爆撃を行い、帰還できるような攻撃機の設計と予算確保だ」とマクグレイス氏は言う。

戦略・予算両面での空母コストは、空母が単独で行動できないという理由により、さらに倍加される。空母は自らの防衛のために多くの護衛艦艇とともに移動することになり、1つ1つの「空母打撃群」がそれぞれ実質的な大艦隊となる。

空母1隻には、通常、駆逐艦や巡洋艦で構成される最低5隻の護衛艦艇、少なくとも各1隻の潜水艦と複合補給艦、さらに敵潜水艦探知用のヘリコプターが帯同する。また十分に陸地に近い状況では、地上配備の新型対潜哨戒・攻撃機P8「ポセイドン」による護衛も受ける。

<長年の脅威>

空母の司令官にとって最も恐ろしい兵器は、150年の歴史を持っている。潜水艦に搭載された魚雷1発で、空母1隻を沈没させることも可能なのだ。

最も近代的な魚雷は、艦艇を直撃することを目的としていない。その代わりに、敵艦の直下で爆発するようプログラムされている。これによって海中に気泡が生じ、敵艦が宙に浮いて海面に落下し、艦体が破壊される。

過去数十年、近代的な魚雷に対する効果的な防衛方法を海軍が開発していないという批判もある。国防総省の運用試験評価室による2016年の報告では、最近海軍が大きな進歩を遂げたものの、システムには依然として重大な欠陥があると述べている。

複数の専門家によれば、現在でも運用されている最も古い海軍艦艇の1つ、ディーゼル電気推進型の潜水艦(ディーゼル潜水艦)の最新型が、空母にとって脅威になっているという。このタイプの潜水艦は、過去2度の世界大戦においても使用されていた艦種である。

ディーゼル潜水艦は小型という長所がある。電気推進ではあるが音は小さく、一般に原子力潜水艦よりも静かで発見されにくい。

また、ディーゼル潜水艦は原子力潜水艦に比べて建造費がはるかに安い。米国の同盟国も仮想敵国も、多数のディーゼル潜水艦を建造してきた。世界全体では、230隻以上のディーゼル潜水艦が使用されている。中国は83隻、ロシアは19隻を保有している。

元国防総省職員のヘンドリックス氏は、空母の脆弱性ゆえに、艦隊が資金、艦艇、戦闘機の無駄遣いになっていると言う。

「もっぱら防衛志向の艦艇建造に何十億ドルも注ぎ込んでおり、艦隊の攻撃力が失われている」と同氏は語る。「結局、44機の戦闘機を空母から発進させるために、巨額の国防予算を使っていることになる」

(翻訳:エァクレーレン)

*一部サイトに写真が反映されなかったため再送します。

ロイター
Copyright (C) 2017 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザでの戦争犯罪

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、予

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッカーファンに...フセイン皇太子がインスタで披露
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 5
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 6
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中