コラム

IPEFはそもそも「TPPの代わり」ではない、中国をにらんだバイデンの真意とは

2022年06月01日(水)11時08分
IPEF発足式

IPEF発足式に臨んだバイデンと岸田首相、モディ印首相 JONATHAN ERNSTーREUTERS

<TPPに比べると「物足りない」印象のインド太平洋経済枠組み(IPEF)だが、政治的・軍事的な面を含めた中国への対抗戦略として論じられるべきだ>

5月23日、訪日中のバイデン米大統領が立ち上げを発表した新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」は、どのような意味を持つものなのか。その真の意義は、アメリカのアジアへの政治的・軍事的・経済的関与を改めて強調し、中国に対抗することを目指す包括的な戦略の一環と位置付けなければ見えてこない。

IPEFは、アメリカが離脱した貿易協定である「環太平洋経済連携協定(TPP)」の代わりにはなり得ない。純粋に経済的な側面だけを見れば、IPEFの効力はTPPの足元にも及ばない。

TPPは参加国間の関税撤廃を目指す極めて野心的な取り組みであり、この協定により2030年までに世界のGDPが年間4920億ドル押し上げられると期待されていた。しかし、アメリカの有権者の多くは関税の引き下げが雇用を脅かすと反発し、トランプ前大統領は17年1月に就任すると早々に離脱を表明した。

これは歴史的な大失敗だった。そのミスに突け込んだ中国は、TPPとは別に、自国が主導する「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」を発足させた。中国は既にアジアのほぼ全ての国の最大の貿易相手国であり、最大の投資国でもある。RCEPの創設により、中国はアメリカに代わり、アジアの貿易ルールを定めるリーダーになろうとしている。

中国に対抗するため米国内の反発を避ける必要が

トランプと異なり国際主義者であるバイデンは大統領就任以来、アメリカのアジアへの関与を再び強化することに努めてきた。IPEFの創設は、その取り組みの一部とみることができる。

ただし、国内の政治的反発を避けるためには、アメリカへの輸入品に対する関税を減らすTPPのような協定を推進することはできない(アジア諸国にとっては、アメリカへの輸出品の関税が引き下げられることが貿易協定の最大のメリットなのだが)。その代わりに、反汚職、税制、労働者の保護、デジタル・エコノミーに関するルール作り、サプライチェーンの強化、再生可能エネルギーへの移行、質の高いインフラへの投資などのテーマを盛り込んでいる。

こうした点だけ見ると、IPEFは物足りなく感じられるかもしれない。しかし、バイデンのアジア戦略全体に目を向けると、その重要性が際立ってくる。バイデン政権では、アジアでのアメリカの影響力を強化し、地域のリーダーとしての座を中国に奪われることを阻止するべく、政治、経済、軍事の面でさまざまな行動を取ってきた。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story