コラム

元CIA工作員が占う2020年の世界――危険な「伝統回帰」が戦後秩序を崩壊させる

2020年01月17日(金)18時30分

その他の地域でも、人口動態のストレスが国民国家と既存の国際秩序を脅かしている。大規模な人の移動は20年以降も中東から欧州へ、中米から北米へ、アフリカから欧州へ、中国の内陸部から沿海部の大都市へという具合に続く。世界中が人口の大移動に振り回される。

人口大国の中国は、この先も何十年か、化石燃料を燃やし続けるしかない。だからこそ中東に軍事拠点を築いている(17年にはジブチに初の国外基地を設けた)。アフリカ大陸の東海岸に中国海軍の艦艇が出没するのは、1405年に明の武将の鄭和が「南洋遠征」をして以来の事態だ。一方で中東におけるアメリカの軍事的存在感は薄れつつある。

私は車に乗ると、よく先祖の人が私の年頃だった当時の景色を想像しながらハンドルを握る。例えば、祖父なら1948年ごろだ。周りの景色を眺め、当時は存在しなかったはずのものを視界から消してみる。当然、ほとんどが消し去られる。祖父の時代には、近代的な建物も道路も電線もハイテク製品もなかった。

技術革新の加速度的な進展は現代の栄光のしるしだ。地球の反対側にいる配偶者と毎日無料でビデオ電話ができる。パリであの排外主義者と会った80年代当時、私は年に1度だけアメリカにいる家族と話したものだ。郵便局の行列に1時間並んで、1分の通話に5ドルほどかかった。今では途上国でも住民の3分の2以上がスマホを持っていたりする。

しかし先進諸国の社会は技術革新のせいで大混乱に陥っている。人工知能(AI)により、事務系の仕事は今後15年で半分に減る可能性がある。アメリカには、過去30年の技術革新とグローバル化で町の産業が丸ごと崩壊した例がいくつもある。技術革新は何十年も前から肉体労働者を痛めつけてきた。これからは頭脳労働者がやられる番だ。

issuesfire.jpg

オーストラリアの山火事 GENA DRAYーREUTERS

人口の増加と技術の進歩が重なったところに生じた実存的な問題。それが地球温暖化だ。20年ほど前、筆者を含むCIAの要員とNASAや米海洋大気局(NOAA)の科学者は、地球温暖化の脅威について政府に繰り返し警告した。

しかし当時のジョージ・W・ブッシュ政権は、私たちが地球温暖化に言及することを禁じた。科学的な知見に基づく私たちの警告も、彼らには左翼的偏向と映ったのだろう。温暖化の否定は共和党の伝統であり、トランプ政権はそれを忠実に受け継いでいる。

今の世界は温暖化の影響で水に漬かり、あるいは山火事で焼き払われつつある。20年前に予測した最悪のシナリオよりも深刻だ。2020年以降はどうなるのか。アメリカの情報機関は、シリアの混乱を招いた大きな要因として地球温暖化による干ばつの長期化を指摘している。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は続落、朝高後に軟化 ソフトバンクG

ビジネス

米経済金融情勢の日本経済への影響、しっかり注視=米

ワールド

メキシコ、中国などに最大50%関税 上院も法案承認

ワールド

日米が共同飛行訓練、10日に日本海で 米軍のB52
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story