コラム

習近平の「独裁体制」は弱さの裏返し

2018年03月08日(木)11時15分

1人の男に忠誠を誓う危険

1つは、習への権力集中は、習政権の弱さの裏返しだという解釈だ。中国当局は厳しいメディア規制を敷いているが、中国全土で毎年、数十万件ものデモが起きていることは隠し切れない。人々は汚職や環境汚染、地方政府の怠慢に怒り、抗議の声を上げている。

一党独裁の中国共産党には、政府批判を建設的な声と受け止める発想がない。そのため抗議の声が上がれば反射的にそれを圧殺しようとする。そうしながらも彼らは、自分たちの支配は見掛けよりはるかに不安定で弱いのではないかとビクビクしている。民主的な選挙で選ばれたわけではなく、政権の正統性に疑問が付きまとうことも、彼らの不安を駆り立てる。

習政権は「中華帝国の再興」を掲げ、ナショナリズムをあおってきたが、その目的は国民に誇りを持たせ、愛国心を育てることだけではない。政権の正統性をアピールし、人々の不満を抑え付ける狙いがある。

もう1つの可能性として、2期10年ルールの変更は個人的な傲慢さの表れとも取れる。78年以降、中国は政治、経済、社会、軍事と、あらゆる面で驚異的に力を付け、人々の生活も豊かになり、国際社会でも大きな発言力を持つようになった。

これは人類史上まれにみる偉大なサクセスストーリーだ。共産党指導下の中国の行政機関や企業は驚くべき有能性を発揮し、改革を成し遂げてきた。それなのになぜ、任期のルールを変更するのか。しかも、それによって制度の欠陥がなくなるわけではない。1人の人間に永続的な権力が与えられるだけだ。

習自身が強権支配を求めたのなら、これはかなり危うい状況だ。共産党のほかの指導者や官僚は国家ではなく、1人の男に忠誠を誓わなければ、その地位が危うくなる。つまり、国家の命運が1人の男に託されるということだ。

しかし、どんなに才覚ある人間でも、中国の指導者として大いに成功してきた習であっても、1人の人間が国家を丸ごと背負うのは不可能だ。しかも皇帝であっても人間は皆いつか死ぬ。いつか来るそのとき、権力をどう継承するのか。

独裁国家では常に跡目争いが支配の弱体化を招いてきた。古代ローマ帝国も、羅貫中が『三国志演義』に描いた古代中国の群雄割拠の時代もそうだ。

ソーシャルメディア上で憲法改正案への批判が噴き出すなか、中国政府は「クマのプーさん」などのキーワードを検閲対象にした。なぜプーさんを? 中国のネット民はしばしば親しみを込めて、習の「プーさん体形」をからかうからだ。

1800年前、中国の三国時代に武将・劉備が極寒のなか諸葛亮に会いに行くと、酒場から歌声が聞こえてきた。地位や名誉に背を向けた諸葛亮をうたう歌だ。「永遠に続く名声など、誰が望むというのか」

中国がますます世界の命運を左右するようになった今、よその国とはいえ、共産党には忠告の1つも送らざるを得ない。プーさんを検閲するより、『三国志』を読み直すべきだ、と。

本誌2018年3月8日号[最新号]掲載

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story