コラム

なぜ日本人はホロコーストに鈍感なのか【小林賢太郎氏解任】

2021年07月27日(火)16時24分
アウシュビッツ強制収容所跡地

アウシュビッツ強制収容所解放76年の追悼式典はコロナ禍のため初めてオンラインで行われた(写真は1月27日、ポーランド南部の収容所跡地) Jakub Wlodek/Agencja Gazeta/REUTERS

まさか五輪開会式前日にこのような醜聞が世界を駆け巡ろうとは思っていなかった。五輪開会式演出に携わる小林賢太郎氏が過去に「ホロコースト揶揄(ユダヤ人大量惨殺ごっこ)」をコントの中で行った事が「発覚」し、同役職を解任されたのだ。

国際的な常識に従えば、それがいつ・いかなる文脈の中で行われようと「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」と発言しただけで一発アウト。場合によっては社会的生命を失う。だが、今次問題について「言葉尻だけを切り取るのはよくない」とか「全体の文脈の中で判断されるべきだ」などという擁護意見が少なからず出ている。異常な感覚であり驚愕した。

私たち日本社会の中で、それがいかに否定的な文脈のなかであっても、「広島長崎原爆ごっこ」などとコントの中で発したらどうなるか。これを擁護する人間などおるまいし、社会的にも抹殺されよう。私たち日本人は韓国の音楽グループBTSが原爆のキノコ雲をモチーフにしたTシャツを着ていただけで激怒したではないか。いくらBTS側に原爆を揶揄する意図は無くとも日本人は激怒した。世の中には、いつ・いかなる文脈の中で行われようと「それを茶化したり表象したりする事自体がダメ」というものがある。これに対して日本人一般のホロコーストへの認識は極めて鈍感と言わなければならない。

結論から言えばこの原因は、私たち日本人がアメリカが投下した二発の原子爆弾による被害者という側面以上に、原爆に対しては幼少時代から徹底的に「平和教育」「平和学習」という名の中でその凄惨性を叩き付けられているからである。他方ホロコーストは「ドイツが悪いことをやった」程度の教育しかされておらず、それ以上の発展が無かったからだ。つまり近代史における戦争教育の完全なる敗北と無知の間隙に、ホロコーストへの鈍感がある。鈍感だから「絶対にやってはいけないこと」を平然とやる。2016年にアイドルグループ『欅坂46』のハロウィン衣裳がナチスの軍服と酷似していると世界中から非難され、謝罪に追い込まれたのも「絶対にやってはいけないこと」の教育がなされていなかった為に発生した鈍感が原因なのである。つまり無知なのである。

歴史修正主義者から沸き起こった「日本はドイツと違う」論

遡ること1995年、同年2月号として刊行された雑誌『マルコポーロ』(文藝春秋)の中のひとつの寄稿が大問題になった。神経内科医の西岡昌紀(まさのり)氏による「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった。」がホロコーストを否認するとして国際的な批判にさらされた。世に言う『マルコポーロ事件』である。西岡の寄稿は歴史学的に全く出鱈目で、この結果『マルコポーロ』は廃刊になった。この時の編集長は花田紀凱(かずよし)氏。文藝春秋から退社した後、花田は保守系論壇誌『月刊WiLL』(WAC)の編集長になり、そのあと内部分裂を経て現在ではやはり保守系論壇誌『月刊Hanada』(飛鳥新社)の編集長に収まっている。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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