コラム

アイヌ差別表現問題──日本人は他民族を侵略・加害していない、という観念が背景に

2021年03月19日(金)17時00分
アイヌ民族

「開拓」は無主地の開発のことを指すが、明治以前の北海道にはアイヌ民族の確固たる先住が存在した 国連広報センター(UNIC Tokyo)-YouTube

<公教育でアイヌ民族の文化や歴史を学ぶ北海道出身者でさえ、祖先は北海道の大地を「開拓」したと信じ込んでいる歴史認識の甘さ>

2021年3月12日の日本テレビの番組で、お笑い芸人の脳みそ夫氏が、アイヌ民族に謎かけして同民族を「あ、犬(アイヌ)」と表現したVTRが放送されたことが民族差別的として大きな問題になっているのは既報のとおりである。

脳みそ夫氏が生放送のアドリブでそう表現したなら同氏に固有の人権意識の低さが問題になろうが、これは番組側が承認して事前に制作されたVTRの中での問題表現であった。よって番組制作側の人倫意識の低さが糾弾され、3月18日、日本テレビ会長の大久保好男氏が公式に謝罪。一部週刊誌等によると、該番組のプロデューサーが事実上更迭されたという報道もある。

該番組の担当MCである加藤浩次氏は、3月15日の番組冒頭で「僕自身もですね、北海道出身という立場にありながら、オンエアがあった時、即座に僕自身が対応できなかったこと深くお詫びしたいと思います」と陳謝した。

はてさて、この問題は番組側のチェック体制の杜撰さや人倫意識の低さだけに求められるだけで終わるのだろうか。筆者はこの問題の背景には、「日本人は他民族を侵略していない、という観念」が濃密に横たわっているとみている。

北海道ですらアイヌ民族への加害について無教育

番組MCの加藤浩次氏は、本人が前述発言したように、北海道札幌市出身でその後、札幌近郊の小樽市に移住。地元では進学校として有名な小樽潮陵高等学校(道立)を卒業して芸能界入りした。奇しくも筆者も、加藤氏と同じ北海道札幌市出身で地元の小・中・高で教育を受け、高卒後は本州(内地)の大学に進んでいる。

加藤氏は筆者より13歳も年上だが、北海道で青少年時代を迎えた人間であれば、誰しも公教育でアイヌ民族の文化や歴史を学んでいるはずである。しかし少なくとも筆者が高等教育を終えた21世紀初頭まで、北海道内での公教育にあっては、積極的なアイヌ文化への理解は推奨されたが、それが日本人(和人)の圧迫による結果、土地権利を侵略され、日本人がアイヌに対し歴史的に加害の側に立つ、という教育はほとんどなされなかった

アイヌは北海道の先住民族として豊かな文化を築いてきたことを学ぶ一方で、そのアイヌが日本人の侵略によって特に明治国家以降、迫害されてきたという歴史的認識については極めて希薄であった。よって加藤氏が「僕自身もですね、北海道出身という立場にありながら...」と言ったのは、この世代に普遍的にある「加害への無自覚」であり、皮膚感覚そのものを示した表現であろう。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、5月中旬にサウジ訪問を計画 2期目初の

ワールド

イスタンブールで野党主催の数十万人デモ、市長逮捕に

ワールド

トランプ大統領、3期目目指す可能性否定せず 「方法

ワールド

ウクライナ東部ハリコフにロシア無人機攻撃、2人死亡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story