コラム

イスラエルはパレスチナの迫害をやめよ

2023年11月08日(水)21時35分

ハザール起源説は歴史学的には受け入れられている学説ではない。しかもこの説は「ユダヤ人の世界支配」を主張するようなユダヤ陰謀論と結びついてきた。にも拘わらずイスラエルの正統性を否定したいがあまり、この説に飛びつくパレスチナ支援者がいるのだ。これも、イスラエルの蛮行を非難するためには歴史的に根拠を求めなければならないという先入観に基づくものだろう。

そもそも国家の存立に正統性を与える物語などというものは基本的に嘘っぱちでしかない。ヤマト政権の支配に正統性を与える日本神話も、先住民が住んでいた土地を神から与えられた新天地として捉えるアメリカ建国神話も似たようなものだ。そうした物語を真面目に尊重する必要はないし、躍起になって反論する必要もない。

パレスチナは譲歩した

では、どこから始めればいいのか。パレスチナ人の思想家エドワード・サイードの諸著作を読んでも分かるように、1948年のイスラエル建国以降、パレスチナ人はイスラエルによって土地や権利を奪われてきた。イスラエルは周辺諸国と4度の中東戦争を戦うが、対パレスチナ関係でいえば、イスラエルは一貫して奪う側であった。1993年のパレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)は、1947年の国連によるパレスチナ分割案に比べると、パレスチナ側が多くの犠牲を払って結ばれたものだった。サイードはこの合意を欺瞞的だと批判している。

しかしそのイスラエル有利な暫定自治協定でさえイスラエルは守ろうとはしなかった。ヨルダン川西岸地区に入植地をつくり、ガザ地区を引き続き占領下においた。2000年には当時国防相だったアリエル・シャロンがエルサレムにあるユダヤ教の聖地「神殿の丘」を訪問するが、そこにはイスラム教の聖地「岩のドーム」もあり、パレスチナをあからさまに挑発する行為だった。穏健派ファタハはこの状況に何もできず支持を失い、シャロンの行為をきっかけの一つとして発生したパレスチナの民衆蜂起を主導したハマスが、2006年にパレスチナの民主的な選挙で勝利する。しかしこのハマスの台頭を許さなかったイスラエルが行ったのが、2007年以降のガザ封鎖であり、そこに住むパレスチナ人を圧迫し続けてきて現在に至る。

つまり、この問題はイスラエルとパレスチナの歴史的な「対立」ではなく、イスラエルによるパレスチナの「迫害」なのだ。ハマスのテロは迫害に対するリアクションであり、迫害が終わらない限り住民によって支持され続ける。逆にいえばこの地に平和をもたらすにはイスラエルが迫害をやめるしかない。どうすればイスラエルは迫害をやめるのか。3000年の歴史を解きほぐすことによってではない。国際社会の圧力によるしかないのだ。

20250204issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月4日号(1月28日発売)は「トランプ革命」特集。大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で、世界はこう変わる


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米運輸長官、連邦航空局の改革表明 旅客機・ヘリ衝突

ビジネス

基調物価が2%へ上昇するよう、緩和的な金融環境維持

ビジネス

コマツの4ー12月期、営業益2.8%増 建機販売減

ビジネス

安定した物価上昇が必要、それを上回る賃金上昇も必要
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story