コラム

イスラエルはパレスチナの迫害をやめよ

2023年11月08日(水)21時35分

しかし言うまでもなく、これは神話にすぎない。古代から中世にかけて、イスラエルの人々はずっと「民族」であったわけではない。当時ユダヤ人と呼ばれていた人たちは、ユダヤ教を信仰する人々のことを指していた。ユダヤ教コミュニティは入れ替わりがあり、血統としては様々な民族の血筋を引いている。イスラエル建国後にヘブライ語が日常言語として再建されるまで、各地のユダヤ人は同じ言葉を喋っていなかった。

潮目は19世紀のヨーロッパでナショナリズムに基づく国民国家が誕生し始めたことだ。それに触発されたドイツ系ユダヤ人の思想家モーゼス・ヘスやテオドール・ヘルツルによって、民族としてのユダヤ人はパレスチナの地に祖国を持つべきだという思想、つまり「シオニズム」が誕生する。しかし当時はシオニズムに反対し、ユダヤ人は各国において平等な地位を求めるべきだと考える当事者も多かった。また祖国を持つとしても、その場所はパレスチナではなくてもよいという考えもあった。

第二次世界大戦後、パレスチナの地にユダヤ人が多数入植し、イスラエルが建国されたのは、歴史的運命なのではなく、シオニズムという思想の産物なのだ。また、それを後押ししたのは、第一次世界大戦によるオスマン帝国の衰退と、イギリスがイスラエル建設の口約束をしたこと、またナチ・ドイツのホロコーストによってヨーロッパのユダヤ系コミュニティがリセットされてしまったことなど、様々な歴史的偶然によるものだ。

歴史はひとりでに動かない

このような経緯を無視して、イスラエルとパレスチナの対立を聖書の時代から続く因縁と理解してしまうと、この対立は根源的なものなので解決は不可能だという錯覚を招き、少なくとも日本人のような外野が簡単に口を出してはいけないのだと考え、目の前で行われている悲劇に無関心になってしまう恐れがある。

世界である事件が起こったときに、その背景を知るために歴史を紐解くことは必要だ。しかし歴史を、それぞれの時代の人々の営みを無視して、あたかもひとりでに進行するような運命として理解してはいけない。

これは、イスラエルのパレスチナ迫害を批判する側にもいえる。たとえば、「ハザール起源説」という学説がある。現在イスラエルに住む人々の直接の起源は、今から1000年ほど前にコーカサス地域にあったハザールという国の人々であり、従って現在のパレスチナ地域に住む正当性はない、というもので、古くはユダヤ人作家アーサー・ケストラー、近年ではイスラエルの歴史家ジェロモー・ザンドらによって広められた。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

商船三井の今期、純利益を500億円上方修正 市場予

ビジネス

午前の日経平均は続伸、米株高の流れを好感 徐々に模

ワールド

トランプ氏「BRICS通貨つくるな」、対応次第で1

ワールド

米首都の空中衝突、旅客機のブラックボックス回収 6
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story