コラム

麻生発言のように「戦争になる」ことから逆算する「手口」

2022年09月07日(水)13時36分

こうしたゲーリング的な扇動が現代でも成功してしまいかねない理由の一つは、戦争の可能性を認識することが、いわゆる「現実的」な思考だと思われているからだ。戦争の可能性がある限り戦争の準備をするのは当然であり、それを批判する平和主義者は非現実的だ、というわけだ。

しかし、本当にそうした思考は現実に基づいているのだろうか。たとえば沖縄における基地反対運動には、日本の米軍基地のほとんどが沖縄に押し付けられていることに伴う日常生活への様々な負担への怒りがある。これは極めて現実的感覚に基づいた反対運動だといえるだろう。また辺野古への海兵隊基地移設反対運動に関しても、辺野古周辺は地盤の問題から空港建設に適さないことが明らかになっており、そのような「現実」を推進側は無視している。

何が現実的で、何が現実的ではないかの問題は極めて流動的なはずなのだが、なぜか軍事に関する思考だけは「現実主義」として、特権的に現実的なるものの地位を約束されているような風潮がある。麻生発言は先述のように極めて国内向けであり、外交的にいえば、与党有力者の発言としては準備不足の「麻生節」でしかない。それにもかかわらず、ネット上では「本当のことを言っただけ」として、一定の支持を集めている。しかしそれは、文字通りの虚偽意識、つまりイデオロギーではないだろうか。

ウクライナ戦争以後、冷静さを欠く「現実主義」

平和主義に対する「現実主義」からの攻撃は日本だけでなく、世界的にも激しくなっている。今年2月のウクライナでの開戦以後、ドイツがロシア寄りの外交をし続け、エネルギー政策で密接に結びついてきたことは世界中から失敗だったと評価されている。しかし中には、ドイツ統一・ソ連崩壊以後のシュレーダーとメルケルの両政権時代のみならず、西ドイツのヴィリー・ブラント首相が行った「東方外交」までも非難の対象とする識者もいる。

1969年、西ドイツにおいて初の政権交代を果たした社会民主党のブラント首相は、外交政策として東ドイツ、およびその後ろ盾であったソ連との融和を目指した。その外交姿勢は「東方外交」と呼ばれ、アメリカの反発を受ける一方で、東西ドイツの国際連合加盟や全欧安全保障協力会議の開催などの成果を成し遂げた。

こうした西ドイツの外交方針が、統一ドイツに継承され、ロシアを増長させたというのだ。しかしそれはウクライナでの開戦という結果からみた印象論にすぎず、ここ50年の国際環境の変化を無視している。冷戦下のドイツは分断国家であり、何か事があれば真っ先に戦場となるのはドイツであった。アメリカとソ連の火遊びで、国土が焦土と化してはたまらない。東西の緊張緩和を実現すること以外にドイツが生き残る道はない。それが東方外交の「現実主義」だったのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story