コラム

ロシアの脅威が生んだ「強いドイツ」問題

2022年04月11日(月)14時22分

そもそも地域安全保障にドイツが積極的に貢献することのメリットは特にない。ドイツは現在では様々な国に海外派兵しているが、かつては国内の政治コストも高かった。コソヴォ空爆への参加をめぐっては政権与党SPD(社会民主党)の分裂を招き、左翼党の結成につながった。EUに関しては財布の紐を握っている限り影響力が衰えることはない。徴兵制は西ドイツ時代から一貫して維持しており、繰り返し廃止論が持ち上がっても廃止できなかった。だがそれは軍事力確保のためというよりも兵役を拒否した者に兵役の代わりに義務付けられる介護などの福祉業務がドイツの社会保障システムを支えているからだ。、財政再建路線もあって連邦軍の人員は削減されてきた。それだけに、今回の方針転換は、統一後ドイツの歴史を変える変化だったと言われているのだ。

軍事大国ドイツを受け入れられるのか?

しかしドイツが軍事面での大国となることは、ヨーロッパに新たな緊張の火種を持ち込むかもしれない。ロシアとウクライナの問題が何らかのかたちで解決することになったとき、あるいはロシアで現在の権威主義的な体制が自由主義的な体制へと変革したとき、果たしてヨーロッパは安全保障に関してタカ派的なドイツをそのまま受け入れることができるだろうか。

先述したように、ドイツが安全保障政策に控えめだったのは、経済を優先するためだけではなく、欧州諸国の警戒感に配慮した結果でもあった。ドイツの歴史政策は成功している一方で、「AfD(自由のための選択肢)」のような10年前にはなかった極右政党も議会には進出してきている。EUの安定を支えてきたのは、フランスとドイツの蜜月関係だったと解釈されており、今回のドイツの方針転換についてもマクロン大統領は支持している。しかしドイツが今後、本当に軍事大国化した場合、フランスはまたドイツを警戒するようになるのではないか。また、現在ドイツの尻を叩いている東欧諸国も、軍事的なプレゼンスが増大したドイツを信用し続けることができるだろうか。

ウクライナ戦争に関してドイツに向けられている批判と期待は、ロシアという「強い国家」に対してドイツという別の「強い国家」をぶつけたい、という国際社会の欲求に基づいている。しかし「強い国家」が乱立し、互いにけん制し合うという国際秩序は、二度の大戦の引き金にもなった。ロシア軍の虐殺が報じられる中で防衛力強化を感情的に選択してしまう流れは不可逆的なのかもしれないが、戦争後の国際協調の仕組みも同時に考えておく必要があるだろう。


プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBは利下げ余地ある、中立金利から0.5─1.0

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案を拒否 ネトフリ合

ビジネス

企業は来年の物価上昇予測、関税なお最大の懸念=米地

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 10
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story