コラム

武蔵野市の住民投票条例で噴出した外国人投票権「陰謀論」

2021年12月17日(金)14時55分
ベトナム人技能実習生

新潟県見附市の織物工場で働くベトナム人技能実習生(2019年)。コロナ後は技能人実習生の多くが解雇され帰国もできず行方不明になっている Linda Sieg-REUTERS

<住民投票に外国人の投票権を認めると、某国から移民が押し寄せて市が乗っ取られる、というあり得ない妄想より、外国人増加の実態を否定し続けた結果の分断の弊害を考えよ>

武蔵野市議会で「武蔵野市住民投票条例」が審議されている。ところが、この条例が現在、猛烈な反対運動に晒されている。条例案に3ヶ月以上市内に居住する18歳以上の外国籍住民も住民投票に投票権を与えると定められていたことが、その理由だ。市の内外から反対派が市役所や吉祥寺駅前に集結し、デモ行進が行われるなど激しい示威活動が続けられている。条例の採決は21日の本会議で行われる見込みだが、その成否は予断を許さない。

住民投票での外国人投票権は珍しくはない

住民投票で外国人の投票権を認めている自治体は、全国で40以上存在する。その多くは永住権獲得が条件だが、武蔵野市の条例案のように比較的短期間の居住で投票権が認められている自治体も、大阪府豊中市、神奈川県逗子市という先例がある。もし武蔵野市で可決されれば3例目、都内では初となる。

外国人参政権に関する議論は国政から地方自治まで様々なレベルで存在するが、最高裁は地方自治体の参政権に関しては憲法上否定していない。自治体の住民投票条例で外国籍住民に投票権を与えることはトレンドとなりつつある。

その理由の一つは、自治体の住民投票条例には法的拘束力がなく、首長や議会はそれをあくまで「尊重する義務」があるだけだからだろう。大阪維新のように、二度の住民投票での否決を無視してなお都構想の実現を行おうとする政治勢力もある。武蔵野市も、この投票権は参政権ではなく、あくまで条例についての住民の意思表示であるという立場だ。

地方自治は「民主主義の学校」とも呼ばれるように、より身近で具体的な生活の問題が扱われることが多い。そして地域の生活者に日本人も外国人もない。それぞれが協力して生活の質を向上させていかなければならないところ、外国籍の住民にのみ意思表示の権利を与えなくてよいということにはならない。

反対運動の中にみられる陰謀論

武蔵野市の条例案については、国会議員も含め市内外からの反対も多い。たとえ住民投票レベルであれ、外国人参政権に関する抵抗感は根強くある。その抵抗感が陰謀論にまで達してしまっている場合もある。典型的な陰謀論的反応としては、ある特定の国が大量の移民を武蔵野市に対して送り込み、市を乗っ取るのではないか、というものがある。

少し考えてみれば、これがどれだけ非合理的な思考かが分かるはずだ。武蔵野市を乗っ取るためには、少なくとも数万人の成人を送り込まなくてはならない。また、少なくとも3ヶ月は市の住民でいられるような在留資格および生活資金を人数分準備しなければならない。しかもそこまでやって出来ることは、法的強制力をもたない住民投票での意見表明なのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン

ワールド

国際援助金減少で食糧難5800万人 国連世界食糧計
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 8
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 9
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story