コラム

完璧過ぎる結婚式がニッポンをダメにする

2014年07月08日(火)13時17分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[6月24日号掲載]

 日本の6月はあまり好きではない。毎年この時期には、少し落ち着かない気分になる。梅雨がやって来るからではない。むしろ雨が多いイギリスの故郷を思い出すし、満開のアジサイに小雨が降り注ぐ光景はこの上なく日本的で美しい。

 私が6月が苦手なのは、結婚式シーズンだから。日本の伝統的な「欧米式」結婚式ほど耐え難いものはない。

 この時期はいつも、郵便受けにこじゃれた封筒が入ってないかとビクビクする。子供がめでたく結婚することになったので、式に来てほしいという内容のアレだ。これが届いたら、もう逃げられない!

 日本の結婚式が耐え難い要因は複数ある。まずは身体的苦痛。日本の夏に黒いスーツを着るのは拷問に等しい。次にキリスト教を装った結婚式に加わるという信仰面での苦痛。私自身、多くのカップルに祝福を与える「週末神父」をやらないかとスカウトされたことがある。

 もちろん経済的苦痛もある。日本の結婚披露宴のお祝い金はだいたい3万円。ただし、これは「入場料」であって本当の意味での贈り物ではない。なぜなら贈り物は自分で選べるが、「入場料」にはその自由がないからだ。

 イギリス人は、伝統も精神的意味合いもない式に金を投じない。私は近々イギリスにいる甥の結婚式に出席する予定だが、彼らには若いカップルの幸せを象徴する伝統的な日本の贈り物をあげようと思っている。子供たちは手作りのプレゼントを製作中だ。

 日本の結婚式は、段取りにも軍隊並みの緻密さが要求される。特にタイミングが重要だ。花嫁はお色直しをしなければならないし、花婿の会社の上司からのお祝いのスピーチもある。式が終わると、次のカップルが準備を始めるために待ち構えている。日本の自動車産業は正確さと効率性で世界に知られているが、ウエディング産業も同じように称賛されてしかるべきだろう。

■出生率の低下を招く「元凶」

 甥の結婚式はきっと、わが一族の典型的な式になるだろう。誰かが指輪を忘れたり迷子になる人がいたり、どこかでけんかが始まったり。子供は大騒ぎして、何も時間どおりには始まらない。反抗的なティーンエージャーは黒い口紅に破れたTシャツ姿で出席し、若者たちは飲み過ぎで二日酔いになる。こうしたトラブルの数々は、新婚カップルがその後の結婚生活で直面するものかもしれない。

 裏を返せば、だからこそ日本の結婚式を耐え難いと感じるのだ。そこでは、あり得ないほど完璧な結婚生活が映し出される。髪形も服装も笑顔もタイミングも、すべてが完璧。日本の産業に生かされてきた完璧主義と細部へのこだわりが、人間関係という最も不合理で非効率的な領域にも求められているようだ。誰もが完璧さを期待し、自分も完璧にならなければいけないというプレッシャーにさらされている。

 完璧主義、統制、効率性は製品作りにおいては立派な目標になる。しかし幸せな結婚は「製品」ではない。自分たちでつくり上げていくという「行為」だ。

 日本の結婚式が映し出す完璧なイメージは理想をあまりにも高く引き上げ、結果的に晩婚化や出生率の低下といった問題を解消する壁にもなっている。人々はパートナーや結婚に完璧を求め、それが見つかるまで結婚を後回しにする──多くの場合、手遅れになるまで。

 私自身は盛大な結婚式など挙げていないが、夫として父親として幸せな生活を送っている。もちろん、自分の結婚が「完璧」だなんて思っていない。

 結婚後の美しい関係は完璧主義の夢の上に築かれるものではない。むしろ花嫁が身に着ける真珠に似ている。貝の中で真珠がゆっくり成長するように、長い我慢の日々の中で築かれるものだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国大統領が戒厳令、国会は「無効」と判断 軍も介入

ビジネス

米求人件数、10月は予想上回る増加 解雇は減少

ワールド

シリア北東部で新たな戦線、米支援クルド勢力と政府軍

ワールド

バイデン氏、アンゴラ大統領と会談 アフリカへの長期
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計画──ロシア情報機関
  • 4
    スーパー台風が連続襲来...フィリピンの苦難、被災者…
  • 5
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 6
    なぜジョージアでは「努力」という言葉がないのか?.…
  • 7
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    「92種類のミネラル含む」シーモス TikTokで健康効…
  • 10
    赤字は3億ドルに...サンフランシスコから名物「ケー…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story