コラム

中国の知られざるデタラメ!出版事情

2011年02月06日(日)21時31分

今週のコラムニスト:李小牧
 
 ある日の深夜。新宿・歌舞伎町のわが湖南菜館でパソコンに向かっていた私は、興奮しながらキーボードをたたいていた。もちろんエッチなサイトを見ていたわけではない。私の評論集『歌舞伎町より愛をこめて』(阪急コミュニケーションズ)が今度中国で出版されることになり、その原稿をチェックしていたのだが、それが間違いだらけなのだ。

 日本で出版される私の本は日本語で書かれているから、中国で出るときは中国語に翻訳される。ところがその翻訳がデタラメなのだ。そして中国人編集者も超いいかげん。これまで3回も原稿のやりとりをしているが、彼が勝手に直すせいで、そのたびに新たな修正が出る。

 例えば「女性にもてたいなら外見より脳ミソをセクシーに」と書いたはずなのに、なぜか中国語版では「日本人男性はとにかくもてたい」と意味がすっかり変わっていた。おかげで昨年末の出版予定が大幅にずれ込み、いつ発売できるかまったくメドが立っていない。

 中国の出版業界の水準が必ずしも高くないことは知っていた。私は05年に北京の出版社から『歌舞伎町案内人』(角川書店)の中国語版を出版したのだが、このとき編集を出版社にほぼ任せ切りにしたら、ある事件の犯人の名前と被害者の名前が逆になっていたり、最初に死んだはずの人が本のうしろの部分で生き返ったり......と、めちゃくちゃにされてしまった。

 今回の本(ちなみに中国語版の題名は『日本有病(ビョーキな日本)』だ!)の担当者は、江沢民(チアン・ツォーミン)が出た名門大学出身で、中国でいま一番有名な若手作家の韓寒(ハン・ハン)の担当者でもある。なのに「通知」と「統治」を間違えたメールを平気で送ってくる(両方とも発音は同じ「トンジー」)。韓寒の本もよく読めば間違いだらけだ。

 中国の出版業界がデタラメな理由はだいたい想像がつく。中国では70年代後半に文化大革命が終わるまで、本といえば政治関係の出版物や実用書ばかりで、娯楽本が自由に出回り始めたのはせいぜいこの10年。市場の拡大に出版社のシステムも編集者のレベルも追い付けないのだ。

■世界に誇るべき日本の出版物

 それだけではなく、私は国民性も原因だと思う。中国人は「5000年の文化がある!」と自慢するばかりで、外の優れたものを学ぼうとしない。要するに「夜郎自大」(身の程知らず)なのだ。実は『歌舞伎町案内人』中国語版のチェックを出版社に任せ切りにしたのは、「翻訳原稿を渡すと李小牧が勝手に海賊版を作って出すかもしれない」と心配した出版社が私に原稿を一切見せなかったから(笑)。もう怒りを通り越してばかばかしくなってくる。

 夜中に店でパソコンに向かってぶつぶつ言っていたとき、食事に来ていた昔なじみの日本人編集者が「李さんは日本の出版業界のいいところを知り過ぎている」と、妙な慰め方をしてくれた。

 確かに私はこれまで十数冊の本を出したが、日本の出版業界は世界でもトップレベルにあると思う。校正や編集は正確だし、そもそも雑誌から単行本まで、書店にこれだけ幅広い種類の本が並んでいる国はない。日本の出版物は世界に誇れる立派な「日本製品」だ。決して家電や自動車に劣っていない。

 とはいえ、年々大きくなる中国の出版市場は私にとっても「金のなる木」。何せ『歌舞伎町案内人』の初版部数は5万部だ。「案内人」という言葉はすっかり中国で広まったが、もともと中国語にはなかった(あえて純粋な中国語として意味付けすれば、「事案の内部の人」だから「容疑者」!)。李小牧が母国語に新しい言葉を1つ加えることができたのも、本が中国で出版されたおかげである。

 まだまだ遅れた中国の出版業界に、「容疑者」ではなく「案内人」として、日本の優れた出版システムや編集者のこだわりを伝えたい。きっと「金のなる木」も大きく育つはずだ(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏側近、大半の輸入品に20%程度の関税案 

ビジネス

ECB、インフレ予想通りなら4月に利下げを=フィン

ワールド

米、中国・香港高官に制裁 「国境越えた弾圧」に関与

ビジネス

英インフレ期待上昇を懸念、現時点では安定=グリーン
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story