コラム

留学生を苦しめる日本政府の勘違い

2009年05月18日(月)14時14分

今週のコラムニスト:李小牧

21年前の辛い思い出からこのコラムを再開することを許してほしい。

1988年2月、私は広東省深センでデザインの勉強をする私費留学生として日本に行くための準備費用7万元(当時のレートで約250万円)を握り締めていた。裁断工、服飾会社の営業マン、ナイトクラブのバックダンサー、モデル派遣会社の経営......。ありとあらゆる仕事を掛け持ちして、やっと手に入れた大金だ。

だがこのカネは飛行機代や留学仲介業者への支払い、日本語学校の学費、アパートの敷金礼金であっという間に消える。すぐ朝の9時から夕方まで学校、その後は深夜2時、3時までバイトに追われる暮らしが始まった。あまりに時間がないので、夏休みにたまったデザインの課題72枚を一気に仕上げたこともあった。

当時は日本政府の「留学生10万人受け入れ計画」が始まったばかりだったが、金銭的な援助を受けられるのはごく一部の学生だけ。ファッションを勉強する私にまで回ってこなかった。

■留学生と日本の現実を直視せよ

福田前首相が提唱した「留学生30万人化計画」がやっと動き出したらしい。現在約12万人いる日本の外国人留学生を2020年に30万人に増やそうというこの計画の狙いは、海外の優秀な頭脳の取り込みにある。

日本にいる海外留学生の60%を占めるのは中国人なので、「中国人だらけになる!」と警戒している人もいるようだが、心配はいらない。日本政府が奨学金や家賃支援をケチっているうちは、話はそんな簡単には行かない。

21年前と比べて中国は格段に豊かになった。日本人をしのぐ大金持ちもいる。その子供たちも海外留学するが、彼らが目指すのは主にアメリカやヨーロッパ。日本に来る学生は中流層以下の家庭の子供が多い。

日本に来ると、当面の学費や生活費として十数万元(200~300万円)が必要になるが、こんな大金をポンと払える一般家庭は中国にはまだ少ない。大半の学生は中国での借金と、来日後のアルバイトでこのカネを工面することになる。

それなのに日本政府は相変わらず、ビザ申請する中国人留学生に対して20万元(約300万円)前後の預金残高証明書の提出を求めている(狡猾なことに、はっきりと文書では示していない)。現実の経済水準とかけ離れた要求をするから、現地で業者を通じた偽造がなくならない。

一方、奨学金や家賃補助など来日後の「アフターサービス」は手薄なままなので、大半の中国人学生は来日後、学費稼ぎと借金返済のバイトに追われることになる。こんな劣悪な条件のままだと、中国の経済水準が上がるにつれ日本への留学生の数は減ってしまう。

■「日本語人」を増やす方法

一つ提案をしたい。留学ビザ発給の条件を中国人学生の経済力でなく学力、つまり日本語能力にするのだ。来日後は手厚い奨学金と生活補助で留学生をサポートする。そうすれば、優秀だが家にカネのない中国の高校生が進学先として日本の大学を選ぶようになる。語学試験をビザの直接条件にする国はないはずだから、世界の注目も集まる。

先日、歌舞伎町のわが『湖南菜館』に来てくれた言語学者の田中克彦さんから「日本語人」というユニークな言葉を教えてもらった。

人生の半分近くを歌舞伎町で過ごしてきた李小牧は、もはや「外人」ではない。といって「日本人」になったわけでもない。「日本語をしゃべる人はみな日本語人でいい」という田中さんの考え方を聞いて、自分の居場所が見つかったような気がした。

新たな、そして優秀な日本語人を増やす30万人化計画の狙いには大賛成だ。だが中身が私が来日したころ同様に貧弱なままなら、学生は日本を素通りしてしまう。

21年前は日本政府がやらないことを警察やヤクザ、風俗店のママといった「歌舞伎町人」たちがしてくれた。しかしそもそも学生が来ないのでは、歌舞伎町人たちも「フォロー」のしようがないではないか(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インタビュー:インドネシアLNG開発事業に生産能力

ワールド

中国が台湾批判、「半導体産業を米国に売り渡し」

ビジネス

中国、大手国有銀などに4000億元注入へ=BBG

ビジネス

アングル:米国債利回り上昇にブレーキ、成長懸念や利
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほうがいい」と断言する金融商品
  • 2
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 3
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 4
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 5
    「縛られて刃物で...」斬首されたキリスト教徒70人の…
  • 6
    日本人アーティストが大躍進...NYファッションショー…
  • 7
    見逃さないで...犬があなたを愛している「11のサイン…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 5
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 6
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story