コラム

「スナップチャット、お前もか」の創業ウラ話

2013年11月30日(土)13時12分

 フェイスブックのあまり美しくない創業物語は有名だ。ハーバード大学の学生を結ぶソーシャルネットワークのしくみは、もともと同大学の上級生のウィンクルフォス兄弟によるアイデアだったが、プログラムを任されたマーク・ザッカーバーグが取ってしまったとか、創設時にCFOを務めていた共同創設者を追い出したといったような話だ。

 同様の創業話は、最近IPO(新規株公開)を果たしたツイッターにもある。3人の共同創業者や現在のCEOの間で、勢力争いや足の引っ張り合いがあったということが、最近明らかになっている。かねがね仲が悪いという噂はあったが、同社のCEOが何度も入れ替わったのはそういうことかと、みな納得したはずである。

 最近、フェイスブックやグーグルからの30~40億ドル規模の買収話を蹴ったことで話題になったスナップチャットでも同じようなことがあったようだ。スナップチャットは、写真やビデオでチャットができるサービスで、特徴はそれが数秒で消えてしまうという点。相手のスマホやサーバーに保存されないという「軽さ」が人気を呼んでいる。

 同社の二人の共同創業者は現在、いろいろなところでもてはやされているのだが、実は共同創業者はもうひとりいたというのだ。

 その三人目の創業者こそ、スナップチャットのアイデアを最初に考案した人物。彼、レジー・ブラウンがまだスタンフォード大学の学生だった頃、同じ寮にいた現CEOのエヴァン・スピーゲルにそのアイデアを説明し、一緒に開発に励んでいたが、サイトがスタートして間もなく、後に引き入れた現CTOのボビー・マーフィーとスピーゲルとが別会社を作るかたちでブラウンを追い出したというのだ。新会社の持ち株は、当初は折半、3人になってからは3分の1ずつに分割するという約束までしていたという。

 その三人目の共同創業者ブラウンが今春、スナップチャットに対して訴訟を起こし、最近になって3人の供述の様子を録画したビデオがリークされた。ビデオでは強力な証拠を突きつけられたCEOとCTOが精神的窮状に立たされている様子が見える。

 決定的な証拠になっているのは、現CEOのスピーゲルが知り合いのブロガーらに送ったメールだ。メールは、サービスのスタートを知らせるもの。

 最初は、「二人の友達と一緒にアプリを作ったんだけどさ、すごく気に入ると思うなあ」という文面だったが、1カ月後のメールでは「もうひとりの友達と一緒にアプリを作ったんだけどさ、すごく気に入ると思うなあ」に変わっている。その1カ月の間にブラウンが追い出されているのだ。

 リークされたビデオでは、その「スナップチャットのアイデアは、あなたが考えついたものか?」「ブラウンは、スナップチャットへの貢献に対して何らかの報酬を得るべきだと思うか?」と相手方の弁護士に問いただされ、スピーゲルが最後には「ブラウンは、何らかの報酬を受け取るべきだと思う」と発言するに至っている。これまでは、ブラウンの関与を否定し続けていた。これで、ブラウンはスナップチャットの所有権を現金か株で得られることが決定的になったと見られている。

 それにしても、この手の創業者間の争いは、聞くだけでも嫌な感じがする話題だ。そもそもなぜそうした争いが起こるのか。その理由はいろいろある。

 実際に会社を始めてみたら方針が違っていたとか、相性が悪かったとか、そうしたことがまずひとつ。あるいは、相手がちゃんと仕事をしないので追い出したというケースもあるようだ。スナップチャットの場合は、特許申請で誰の名前を筆頭にするかでもめたらしい。

 相手を追い出す際に、それなりの説明と交渉を行って、未公開株の取り分なども決定しておけば問題はないのだが、スナップチャットの場合は、いきなりブラウンが会社のアカウントにアクセスするのを不能にしてしまったという。まるで小学生がやる仲間はずれのレベルだ。

 だが、その後がさらに悪い。スピーゲルが、アイデアをすっかり自分のものにしてしまっているからだ。「友達に女の子の写真を送っても、それが残らなきゃいいのになあ、って誰かが言うのを耳にして、じゃあ消えちゃうしくみにすればいいんだと思いついたんだよ」などと、方々で語っているのだ。ウソの物語や願望が、彼の頭の中ではすっかり事実にすり替わってしまっている。驚くべきだが、こういうことは実によくあるのだ。

 もっと嫌なケースは、ベンチャー・キャピタルから資金を受ける段階になって、自分の取り分を増やしたい、あるいはベンチャー・キャピタルが取り分を増やそうとして、邪魔者に見える仲間を追い出してしまうような場合。

 会社として先鋭的にやっていかなければならないとプレッシャーをかけられると、これまで寝ずに開発に励んできた仲間だというのに、力不足に見えてしまったりするのだろう。これからやっと本格的に会社としてスタートする、というその時に押し出されてしまう仲間も多いのだ。

 スタートアップは協同組合ではないから、効率的な運営と利益を目指すのは妥当なことだ。けれども、今やスタートアップは金融商品化してしまっているようなところがあって、そのまわりに渦巻く欲望と切り離せなくなっている。子供っぽい仲間はずれに見えても、意識の背後にあるのは何1000万ドルもの取り分なのだ。

 シリコンバレーでは、もう「みんな」と言っていいほど多くの若者がスタートアップを目指している。この手の嫌な話はこれからもっと出てくるだろう。人間模様の観察としては面白いが、あまり気分のいいストーリーではない。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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