コラム

鳴り物入りのIPOにも踊れない空気の正体

2010年08月20日(金)11時09分

 GM(ゼネラル・モーターズ)がIPO(新規株式公開)を発表したが、ここのところテクノロジー業界でもIPO計画がいくつか聞かれ始めた。例を挙げると、スカイプ(Skype)とハル(hulu)である。いったいまたあのIPO騒ぎが戻って来るのかと、期待と嫌気の入り交じった気分だ。

 アメリカの景気はパッとしない状況が続いているのだが、そんな中でのIPO。この2社はいずれも特異なビジネス・モデルで人気を得てきた新興企業とは言え、収入などの業績の面でははなはだ不安定である。IPOは、これから経済環境が回復することを見込んで、今こそ話題を振りまいてやろうという危ない賭けにも見える。

 スカイプは、ご存知の通り無料でインターネット電話がかけられるサービスである。最近はiPhoneなどのスマートフォン用にもアプリケーションが開発されて、一段と広まり、今やユーザー数は世界中で5億6000万人を超えたという。

 それだけのユーザーを抱えながらも、スカイプのIPOは「失敗する」と見る人々が多い。理由は、「タダ」で利用できるというモデルにある。

 スカイプでは、固定電話や携帯電話へかける通話が課金されるだけで、双方がコンピュータを使った利用は無料。ユーザーは03年の創設以来どんどん増え続けているが、金を払っているユーザーはたった6%ほどという。

 失敗と主張する人々は、タダ乗りするユーザーの餌食になっているビジネスなど将来性はないと見ているのだ。クリス・アンダーセンの著書『フリー』への注目度は高いが、それとは裏腹に、フリーがビジネスとして成り立つのかどうかを精査する方向へ時代が向かっているということだろう。

 私自身はスカイプの愛用者なので、これからもうまく運営してほしい、タダでサービスを続けてほしいと願う反面、ビジネスの成り立ちを厳しく精査するのは正しいことだとも思う。そして私だけでなく、こうした半ば相反した見方を抱いている人々はたくさんいるに違いない。ユーザーとしての感情と、派手なIPOの空騒ぎはもうたくさん、という一消費者としての感情が並立しているのだ。

■一攫千金より地道に課金せよ

 その意味では、ハルも似たようなものである。日本では利用できないため認知度は限られていると思うが、ハルはインターネットでタダでテレビ番組を見られるサービスとして、08年に登場した。

 時に破廉恥で雑多なコンテンツが満載のユーチューブとは違って、ハルはディズニーとNBCユニバーサル、ニューズ・コーポレーションがジョイント・ベンチャーで設立した由緒正しいサイトだ。画面も解像度を落とすことなく大きく拡大することができ、人気テレビ番組も数々見られる。インターネット・テレビとはかくありなん、と思わせるサービスである。

 設立2年でIPOに踏み切るとは、インターネット・バブル時代を思い出さずにはいられないが、果たしてこちらもビジネスとして独り立ちできるのかどうかが、どうも不明だ。ハルは最近ひと月9.99ドルのプレミアム・サービスを開始したものの、その人気はまだわからない。また広告収入ではユーチューブに負けている上、競合サービスもかなり多く、コムキャスト、ベライゾン、タイム・ワーナーなどのケーブル・テレビ会社は、ウェブに加えてiPadへのストリーミング配信を始めると発表したところだ。

 そうした競合サービスが林立する中で、ハルには充分な強みがあるのか。「タダならいいけれど、有料ではちょっと......」というユーザーが本当はたくさんいた、というのは充分にあり得ることだろう。

 要は、話題を振りまいてIPOし、それをテコにして資金を集めるという手法はもはや時代の空気に合わなくなっているのではないかということだ。それよりも、ユニークなマイクロ課金のような方法で実績を積み上げていってはどうかと思うのだが、テクノロジー界にはまだIPOというエグジットへ流れてしまう癖と経済構造があるのだ。

 最近も、鳴りもの入りのIPOがたちまち冷めた例があった。電気自動車開発・販売のテスラ・モーターズである。テスラは去る7月にIPOを果たしたが、当初の熱気はどこへやら、その後の株価は高揚しないままだ。不景気が長く続いているため、誰もが明るい話題を求めてテスラのIPO騒ぎに関わったが、現実はもっと厳しかった。

 いずれにしても、以前のようなおもしろいビジネス・モデルにもIPOにも熱狂できなくなっているアメリカ。スカイプとハル、2社の動きは、アメリカの本音の空気を占う点で興味深い試金石になるだろう。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米11月ISM非製造業総合指数52.1に低下、価格

ワールド

米ユナイテッドヘルスケアのCEO、マンハッタンで銃

ビジネス

米11月ADP民間雇用、14.6万人増 予想わずか

ワールド

仏大統領、内閣不信任可決なら速やかに新首相を任命へ
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求可決、6時間余で事態収束へ
  • 4
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 5
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 8
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない…
  • 9
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 10
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story