コラム

イラク選挙に見える世代交代

2010年03月31日(水)20時08分

 3月7日に実施されたイラクでの国会選挙の結果が、27日に発表された。現首相マーリキー率いる法治国家同盟が、親米世俗派のアッラーウィ元暫定首相率いるイラキーヤに僅差で負けたことや、どちらがどう他の政党と連立を組むかで今後混乱は必至、といったことが、新聞各紙でも指摘されている。

 ここでは、そういった報道に現れてこない、選挙の裏側を見てみよう。特に、大物政治家が多く落選しているのが、注目される。

 まず、現職閣僚。国防相、内務相という要職2人が落ちているのが、驚きだ。運輸相、人権相、移民難民相といった首相派閥の閣僚も、落選。他派閥からの閣僚あわせて、出馬した閣僚の3分の1が落選している。首相のマーリキーは全投票数の1割を確保した圧倒的トップ当選なので、マーリキー政権にNoが下されたわけではないけれど、国民がそれぞれの閣僚を見る目は、厳しかったようだ。

 また現職閣僚ではないが、戦後のイラク政治を動かしてきた大物政治家の落選も目を引く。マーリキー政権とその前のジャアファリ政権で安全保障分野を支えてきたルバーイー元国務相が、その代表例だ。マーリキー属するダアワ党の中心人物で、戦前から欧米と関係を持ち、フセイン元大統領が捕まったときに最も激しくその罪を糾弾した1人である。

 米国との関係でいえば、スンナ派のアドナン・パチャーチ元外相や王政運動のシャリーフ・アリーも落選組だ。イラク戦争の数年前、米国が本格的にフセイン政権転覆を考えて当時の反フセイン勢力にてこ入れを始めたとき、スンナ派の大物政治家は誰かいないか、と探して引っ張り出したのが、この2人である。パチャーチはフセイン政権誕生以前の60年代に外相や国連大使を務めたリベラル派、シャリーフ・アリーは1958年までのイラク王政を担ったハーシム王家の末裔である。当時米国は、アフガニスタンのカルザイのような役割が2人に期待できるのでは、と、考えていた。

 細かいところでいえば、第3党となったイラク国民同盟の重鎮が落選したのが興味深い。イラク国民同盟の主要派閥は、イラク・イスラーム最高評議会という、シーア派宗教界出身の政治家を多く抱える勢力だが、宗教指導者のハンムーディとサギールが落ちた。

これは、落選というより左遷である。2人とも、シーア派住民の多い南部あるいは首都からではなく、シーア派がほとんど地盤をもたないクルド地域から出馬させられた。これは、イラク・イスラーム最高評議会自体が宗教界への依存体質を変えようとしている、ということかもしれない。同評議会のトップが去年亡くなり、弱冠39歳の息子が後を継いだことと無関係ではなかろう。

 イラク新政権の行方がどうなるかは注目の的だが、その底流に、確実に世代交代が起きている。イラク国民の意識下では、そろそろ「戦後」が終わろうとしているのかもしれない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

TDK、26年3月期営業益は19%減から0.4%増

ビジネス

三菱電、発行済み株式の2.89%・1000億円を上

ビジネス

中国、今年の経済目標達成に自信 新政策導入へ=発改

ビジネス

三菱電、26年3月期は9.7%の営業増益見込む 市
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 7
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 8
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story