コラム

民主主義のパラドックス

2011年09月14日(水)13時28分

 民主化を進めると、過激な思想を持つ勢力が伸長する。これが民主主義のパラドックスと呼ばれるものです。

 たとえば戦前のドイツ。民主的な選挙の結果、ナチス・ドイツが政権を掌握しました。

 パレスチナでは、評議会議員の選挙を先延ばししていた自治政府に対して、アメリカが「民主的な選挙を実施すべきだ」と圧力をかけ、2004年12月、議員選挙が行われました。結果は、反イスラエルの立場をとるイスラム原理主義勢力ハマスが勢力を伸ばし、以後、中東和平は停滞したままです。

 今回の「アラブの春」でも、この民主主義のパラドックスが再現されそうです。9月9日、エジプトの首都カイロで大規模な反イスラエルデモがあり、デモ隊の一部はイスラエル大使館を襲撃。館内に侵入して機密文書らしきものを窓からばら撒くという事件が発生しました。これを受けてイスラエル大使館員は国外に退去。エジプトとイスラエルの関係が悪化しています。

 エジプトで長期独裁の座にあったムバラク前大統領は、イスラエルと平和条約を結び、国内に根強い反イスラエル感情を強権で押えこんできました。しかし、反政府勢力による民主化運動の結果、ムバラクが退陣に追い込まれると、抑え込まれていた反イスラエル感情が呼び覚まされ、イスラエルとの関係が悪化。かえって中東情勢は混迷を深めることになりそうです。

 では、同じく「民主化」が実現しつつあるリビアはどうなのか。カダフィ政権崩壊で「民主化が進展」と報道されています。しかし、リビアの反政府勢力の中には、アルカイダとのつながりが深い組織があるのです。

 この点を取り上げたのが、本誌日本版9月14日号の記事「リビアの未来を握る要注意人物」です。

 ここで取り上げられた人物は、アブドルハキーム・ベルハジ(45)。首都トリポリにあるカダフィ大佐の居住区に突入した部隊の指揮官です。彼は、戦闘員8000人を擁するトリポリ軍事評議会のトップに就任しました。

 しかし彼は、リビア・イスラム戦闘集団(LIFG)の創設兼元リーダーだというのです。

 この組織の現役メンバーや元メンバーの何人かはアルカイダの幹部でもあり、アメリカやイギリスは、このグループを国際テロ組織と見なしているそうです。LIFGは、「最も危険なイスラム勢力になる可能性も十分にある」(本誌記事より)。

 エジプトやリビアの「民主化」は、確かに望ましいものでしょう。でも、だからといって、世の中が平和になるとは限らないものなのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国の銀行、ドル預金金利引き下げ 人民銀行が指導=

ビジネス

イオン、イオンモールとディライトを完全子会社化

ビジネス

日経平均は大幅反落、一時3万7000円割れ 今年最

ワールド

インドネシア中銀が為替介入、ルピア対ドルで5年ぶり
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 3
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身のテック人材が流出、連名で抗議の辞職
  • 4
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 5
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 6
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 7
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 8
    老化は生まれる前から始まっていた...「スーパーエイ…
  • 9
    【クイズ】アメリカで2番目に「人口が多い」都市はど…
  • 10
    令和コメ騒動、日本の家庭で日本米が食べられなくな…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 3
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 6
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 7
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 8
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story