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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
役所が周波数も技術もビジネスも決める「電波社会主義」
2011年7月にアナログ放送が止まる予定だが、それによって空く周波数(VHF帯)のうち、10~12チャンネルの「跡地利用」をめぐって2つの企業グループが競ってきた。これについて総務相の諮問機関である電波監理審議会は9月8日、NTTドコモやフジテレビなどの出資する「株式会社マルチメディア放送」に免許を与えることを決めた。
VHF帯には、最初は60社ぐらい免許を申請した。今までの電波行政では、これを総務省が調整して免許人を「一本化」し、その会社に免許を申請した企業が共同出資して企業連合をつくるという形で決着することが多かった。今回も申請者の「懇談会」がたびたび開かれ、フジテレビを中心にした企業連合にNTTドコモが乗ってISDB-Tmmという方式で一本化が進められた。
日本の企業なら、この空気を読んで役所の意向を察知し、勝ち組のドコモ=フジテレビ連合に乗るところだが、アメリカのクアルコム社だけはメディアフローという別の技術を世界的に展開しているため、一本化に応じず、KDDIとともに「メディアフロージャパン企画」という会社をつくって最後まで争ってきた。
このため総務省による一本化工作が不調に終わり、6月25日に公開ヒアリングをやり、7月21日に非公開でヒアリングをやり、27日にまた公開でやり、8月17日に電波監理審議会を開いて総務省が諮問したが、答申できないという異例に事態になった。これまで電監審は、総務省から諮問された通りに数時間で答申するのが慣例となっており、即日答申できなかったのは総務省はじまって以来だという。これを受けて9月3日に非公開のヒアリングが行なわれ、やっと今回の決着となった。
では免許を取ったドコモ陣営は大喜びかというと、コメントも出さない。関係者によると、ドコモは今回の免許で「大きな荷物を背負い込んだ」という。もともとVHF帯を放送に使うというのは民放の考え方で、通信業者はあまり関心がなかった。ところがクアルコムが参入することに危機感を強めた総務省が、外資を排除するためにドコモを引き込んだのだ。一時は2グループに免許を与える案や周波数オークションで1社に免許を与える案もあったが、総務省はいずれも拒否した。
ISDB-Tmmはワンセグに似ているが、周波数が違うのでアンテナや半導体を一から開発しなければならない。そのコストから考えると、有料放送を行なう場合には月300円で1000万台売れることが採算分岐点だが、特殊な端末になるため、1000万台は不可能というのが社内の意見だ。そこでドコモは電波部に「降りたい」と泣きを入れたのだが、電波部に「ドコモはあれだけもうけたんだから、少しぐらいの赤字は負担しろ」と逆に説得されたそうだ。
免許のおりた14.5MHzでは、ワンセグのような放送で30チャンネルぐらいがせいぜいだが、これでは採算がとれない。ほぼ同じ条件で携帯端末向けの有料放送を行なったモバHO!は、数百億円の赤字を出して2009年に解散した。サービスの内容は携帯端末でYouTubeを見るのとほとんど変わらず、これを有料で見る視聴者は限られているだろう。
ドコモの計算では設備コスト438億円で、委託放送事業者(放送局)の料金は1MHzあたり5年で10億円。通信衛星(CS)のリース料は、1チャンネル(6MHz)年1億円以下だが、それでもほとんどのチャンネルが赤字だ。その10倍の料金で、小さい携帯端末のチャンネルを借りる業者がいるとは考えられない。
実はアナログ放送の終了で空くのは、この10~12チャンネルだけではなく、4~8チャンネルも同時に空く。ここは災害用の通信に割り当てられるが、1年に数回しか使わない用途に5チャンネルも割り当て、同じ災害情報を警察と消防と自治体がバラバラに出す。縦割り行政をそのまま電波に持ち込んだわけだ。
9チャンネルのうち役所が5チャンネル取り、残りの3チャンネルも役所が書類審査で業者を決める。これほど電波を役所が支配している「電波社会主義」は、先進国に類を見ない。これからブロードバンドの主役は無線通信になるため、世界各国は競って周波数を再編し、オークションなど市場原理を導入しているが、総務省はようやくオークションを「検討」しはじめた段階だ。
日本経済を停滞させてきた官僚主導の経済システムは、公共事業などでは強い批判を受けているが、通信業界ではまだ根強い。特に電波の世界では、総務省が周波数を割り当て、技術も決め、ビジネスとしての採算性まで審査する。そのとき最優先されるのは、今回のように放送局の電波利権だ。しかし放送局も系列の新聞社も電波の問題を報道しないため、その実態はほとんど知られていない。日本経済が民間の力で自律的に回復するには、まだまだ時間がかかりそうだ。
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