コラム

電波の開放が日米の「成長力」を決める

2010年03月18日(木)12時25分

 FCC(米連邦通信委員会)は16日、オバマ政権の通信政策の基本方針となる「全米ブロードバンド計画」を発表した。これは今後10年に、1億世帯に100Mbps級の通信サービスを提供することを目標とする野心的な計画である。アメリカ政府はインフラ整備計画の重点として、老朽化した電力網の更新と立ち後れたブロードバンドの整備をあげているが、今回の計画はその具体化である。

 本文は340ページもある膨大なものだが、エグゼクティブ・サマリーだけでも読む価値がある。注目されるのは、従来の通信会社のインフラを他社に利用させるUNE(アンバンドリング)規制が姿を消し、光ファイバーについての言及もほとんどないことだ。これは通信会社との法廷闘争でFCCが完敗し、UNE規制が不可能になったことを受けての方針転換だろう。

 それに代わってブロードバンドの主役に位置づけられたのが、電波の開放である。特に10年以内に500MHz、5年以内に300MHzの周波数を移動体通信に開放するという数値目標を打ち出したことが注目される。周波数を500MHz増やすというのは、いまアメリカで移動体に使われている周波数をほぼ3倍にすることを意味する。開放のスピードを上げるために、テレビ局などが占拠したまま使っていない電波をオークションにかけ、その収入を既存の免許人にも分配する第2市場の創設を打ち出している。

 これは(私を含めて)多くの経済学者が提案してきたことだが、「無料で電波を得たテレビ局が有料で電波を売るのは不公正だ」といった議会の反対と、競争相手の参入を恐れるNAB(放送局のロビー団体)の利害が一致して、進まなかった。しかし全米でテレビを電波で見ている世帯の比率が10%しかない現状では、テレビ局の占拠している数百MHzの周波数をインターネットに開放すべきだというのがオバマ政権の判断のようだ。

 これに対して、日本で移動体に開放される帯域は、わずか40MHzで、それも他の国と共用できない「ガラパゴス帯域」である。他方、テレビ局はその6倍の240MHzも占拠する。電波を必要としているのは、これから日本の基幹インフラになるモバイル・ブロードバンドなのか、それとも10年以内には消滅すると予想されるテレビ局なのだろうか。

 FCCの計画立案にも関与したクリントン政権のFCC委員長リード・ハント氏は、「かつて新聞がコモン・メディアであり、20世紀後半はテレビがコモン・メディアだった。21世紀のコモン・メディアは明らかにインターネットであり、テレビに数百MHzも与えるのは公共資源の浪費だ」と指摘した。

 情報通信インフラの効率やコストは、その国の生活の質や産業の生産性を大きく左右する。特に今後の通信の主役は、モバイル通信である。それに40MHzしか割り当てない国と500MHzが開放される国の成長力の差は、10年後には取り返しのつかないほど大きなものになろう。「光の道」とかいう意味不明な計画を打ち上げている原口総務相は、そのリスクに気づいているのだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story