コラム

ボストンから四川へ~ニュースでつながる世界

2013年04月20日(土)22時16分

 まったく今週は慌ただしい1週間だ(そしてこれを書いている時点ではまだ終わってない)。

 ボストンで現地時間の月曜日に起こったマラソン大会での爆破事件。中国では火曜日の朝に目覚めて知った人がほとんどだったが、マラソンに興味もなく、はたまたボストン・マラソンなる行事があることを必ずしも知らない人たちも、インターネットにアップされた爆発の瞬間を捉えたビデオを追いかけた。その結果...

 国産マイクロブログの微博などで喝采を叫んだ人がいたという。わたしはその書込みを直接目にしていないが、それを目にしたらしい人たちが憤っていた。だが、この国にそんな人たちがいることは、ある意味不思議でもなんでもない。

 わたしは2001年の9.11を北京で経験した。事件の衝撃もさることながら、その翌日、通りかかったあるデパートのテレビ売り場で、飛行機が突っ込む瞬間が何度も映しだされており、そのたびに笑い声と拍手が上がっているのを耳にした。さらに友人に誘われた会食の席で、初めて会った年かさの女性がにっこり笑ってグラスを差し出し、「我々中国人はお祝いしなくちゃね」と言う、という場面にも出くわした。

 だが救いだったのは、そのテーブルを囲んでいた人たちがみな、その瞬間に笑みを凍らせて言葉をなくし、続いてそのうちの1人が「やめてくれ。あの屋上で俺はデートしたことがあるんだ。お祝いなんかできるかよ!」と言い放ち、その女性が気まずそうな顔をしたことだ。そのデート話が本当かどうかは知らない。でも、彼は当時の中国ではまだ珍しい、世界各国を演奏旅行で回ったことのある中国人バンドの一員だったから、ニューヨークにも行ったことがあるのは間違いなかった。

 中国で「外国」と言うと、行ったことがあるかないかにかかわらず、人々はまず「アメリカ」を思い浮かべる。もちろん、今では9.11の頃よりも出張や留学で海外に行く人も増えているし、海外旅行も習慣化している人もかなりいて、「知っている外国」は当時よりはずっとバラエティに富んでいる。しかし、それでもこの国のほとんど多くの住民にとって、「外国」という言葉は「美国(アメリカ)」とほぼ同一の意味で使われる場合が多い。

 同時にもちろん、「外国」へのあこがれを「美国」に紡ぐ人も多い。実際に中国から海外留学する人たちの中でアメリカを選ぶ人が最も多く、2011年の資料によると23%がアメリカへ。その数第2位のイギリス(12%)を大きく引き離している(念のため、同年資料によると、日本は5%で第6位)。ここでも、「海外といえばアメリカでしょ」という概念は根強い。

 だからこそ、外国への恨みつらみも簡単に「アメリカ」に向く。その他の国にはそれほどでもない(実はピンとこないので感情もない)のに、「美国」といった途端ものすごい敵がい心や反発を見せる人もいるし、そういう意味で良くも悪くもアメリカは中国人の琴線に触れる国なのだ。だからアメリカで何が起こってもそれを単純に自分の感情のはけ口に利用する人も多い。そういう意味で、いまだにアメリカの事件にネット上で調子に乗る人がいてもまったく不思議ではなかった。

 だが水曜日になって3人目の死者がボストン大学留学中の中国人学生だとわかると、そんなお調子者も影を潜めたようだ。というか、もうそれを相手にする人はいなくなった。遠い向こうの国で起こった事件が、こんなに身近になった――たとえ、その亡くなった中国人学生を直接知らなくても、ぐっと生々しい事件になったのだ。

 そしてツイッターに流れたこんな一言は、中国の社会事情に関心を寄せる人間にはとても意味深だった。

「爆発事件が起こったのがアメリカだったから、僕らは亡くなった中国籍公民の名前を知ることができた。もし不幸にも中国で死んでたら、呂令子さんはただの数字にされ永遠に行方不明になり、下手をしたら国家機密にされてしまうところだった」

 中国が自国内に矛盾を抱えているのはご存知だろう。時折あちこちで小競り合いが起き、怪我をしたり、亡くなったりする人も出る。そういう事件は報道をできるだけ抑えるようにメディアに手を回すし、そんな事件に巻き込まれたことを声高に語る人たちは「社会に不安をもたらした」と行動を制限される。四川地震の校舎崩壊で亡くなった子どもたちが「数字で処理され、ひとりひとりの人生がないがしろにされた」と芸術家艾未未はその一人ひとりの名前を調べだし、ネットユーザーとともに読み上げたり、その遺品を芸術作品にまとめて海外で発表したりして、やはり当局に睨まれた。

 中国人でありながら中国では無名の人として扱われるのに、気の毒にも海外で命を落とせばその存在を尊重される――先のツイッターのつぶやきはそういう意味だ。実際に亡くなった女子学生の家族は情報公開を拒絶したとされるが、それでもメディアは彼女の微博の書込みや写真で彼女の生前を偲んでいる。同時に爆破事件の捜査の進展にも関心が高まったはずだ。

 そんな中、その翌日(17日)、メディアを管轄する新聞出版ラジオテレビ総局による「メディア報道関係者のネット活動管理を強化する」というニュースが注目を集めた。

 すでに日本の複数のメディアでも報道されているが、特に議論を呼んだのは


 1)微博に公式アカウントを設置した報道機関は、その管理機関にそれを報告、担当者を指定して情報発信を行うこと

 2)許可をえずに勝手に海外メディア、海外サイトのニュース情報を使用してはならない

 3)新聞記者証を持たない者がウェブサイトの名前を使って取材をしたり、原稿を発表してはならない

 4)事実が証明されないまま、ニュースサイトでニュース提供者、特約コラムニスト、民間組織、商業機関などが提供する情報を発表してはならない

 5)記者及び編集部員が職務上微博を開設する場合は所属単位の認可を取り、法律法規及び所属メディアの管理規程に反する情報を微博に流してはならず、職務活動で得た各種情報を認可を受けずに発表してはならない

 6)記者及び編集部員はニュース管理機関の審査、同意を得ずに職務上の取材で得たニュース情報を国内外のネットサイトに発表してはならない。そしてこれに違反した者に対しては情状やその期限によってニュース取材、報道への従事を一生涯禁止する可能性もある


......かなり厳しい内容である。だが、実のところ、その内容に新味はない。

 というのも、これらの内容は「ウェブサイト」を対象にしているほかは、実はこれまで雑誌や新聞などのニュース報道に対して政府が明文化して規制してきた原則に他ならないからだ。たとえばすでに昨年から記者の微博アカウント開設は所属メディアの認可を取ることとする通知は出ていたし、海外メディア報道を引用できるとされているのは原則上、新華社などほんの一部の政府直属メディアであることは誰でも知っている。上記3)でいう「新聞記者証」というのも、原則的に中国国内で取材活動を行う者はその所属メディアの推薦状とともに取得することが義務付けられている。

 だが、このような「これまでも存在していた原則」がここ10年ほどのメディアの急速な拡大、そしてニュース需要の増大、さらにはインターネットという発表手段の発展にともない、かなりあいまいになっていた。ウェブニュースサイトには取材権は認められていないが、ウェブポータルがニュース報道で力を持つようになると、関係者に所属を明らかにして「話を聞く」ができた。さらにはメディアが直属ウェブサイトを持ってニュース発信をするようになり、雑誌や新聞とウェブサイトの境はかなりあいまいになっている。

 また、今ではニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、フィナンシャル・タイムズ、さらには日本の日経新聞や朝日新聞、共同通信なども独自の中国語サイトを展開しているし、同様に微博に公式アカウントを開いて、中国メディアと並んで自社記事の紹介を行なっている。読者たちは中国メディアの紙面やサイトを開かずとも直接これら海外メディアが中国語で提供する世界中の情報を知ることができる。さらには直接外国語で海外メディアのサイトを読む能力を持っている人たちも多くいる。

 また、記者微博アカウントは所属機関に申告しなければならないが、記者たちはそれによって当局に管理されるのを嫌って、実は顔も晒した上での「V」アカウント(本人認証を受けているアカウント)の他にいわゆる「裏アカウント」――つまり、本名や記者であることを明記せず、ニックネームで知っている人だけと情報をやり取りするアカウント――を持っている人が多い。彼らにとって記者であることで多くのフォロワーを引き付けることとは別に、本当に重要だと思う情報をリスクを回避して流す、あるいは情報を取得するためのアカウントの二重使いが普通に行われている。

 そんなところに、今になって突然なぜ、このような管理原則が明文化されてつきつけられたのか。

 それはまず、3月に正式に誕生した習近平・李克強体制になり、各政府機関のトップも一新されたのにともなう「所信表明」だと考えられている。つまり、「これが原則ということで行くぞ」と一度睨みをきかせた、ということだろう。文字通り「再確認」の意味だろうと想像がつくが、だがここ10年の前述したようなメディアを取り巻く大きな変化を経て、いまだにそれらをまったく無視した原理的な管理原則を持ちだしたところが、習近平体制が「胡錦濤・温家宝の10年を評価していない(無視している)」「保守的だ」といわれるゆえんでもある。そういう意味で、現場には「こう来るか......」というちょっとした緊張感が流れているとも聞いた。

 だが、このような管理が本当に可能なのか? いや百歩譲ってこのような管理を本当に厳しく実施できたとして、その結果政府が望まない情報が一切カットできるだろうか? これだけ人々が世界を飛び交い、激しく出入りしている時代に、そんなことが可能なわけがない。たぶん、結局はなし崩し的にメディア関係者は必要な情報を得て、それを記事にし、さらには微博などを使って発信していくための、新しい手段を見つけていくはずだ、これまでと同じように。

 そんなことを考えていた20日午前に、四川省の省都、成都に近い雅安を震源とするマグニチュード7の大地震が起こった。メディアが、そしてボランティアが次々と現地へ向かおうとしている。ネットでは「四川省宣伝部は、被災地取材に向かう記者たちは省の報道センターで記者証を取得すること、微博での中継は行わないこと」と呼びかけているらしいが、今のところ微博でも次々と現地からの情報が流れ続けている。そう、記者を停めても、情報を伝えようと努力しているのはメディアに所属する記者だけではないのである。

 地震被害の全貌はこの記事を書いている時点ではまだよく分からない。だが、それは次第に明らかになっていくだろう。中国メディアと海外メディア、そして情報を伝えたいと願い、情報を求める人たちの努力によって。こんな時代に情報統制など全く不可能であることをこの地震は再び教えてくれるはずだ。 

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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