「のうぜん」とは「凌霄」と書く蔓植物。夏の季語だが、ラッパ形のオレンジ色の花をつけ、初秋あたりまで延々としぶとく咲き続ける。
一読「剝かれたる髪」って何? と思った瞬間、被爆によってゾックリ抜けてしまった髪なのだと気付いた。読み解けた瞬間、全身に悪寒が走った。
凌霄の花の独特なオレンジ色をエネルギッシュで綺麗だという人もいれば、いつまでもボロボロと花を落とし続けるさまに嫌悪を抱く人もいる。そんな凌霄の蔓に、まるで巨大な手によって「剝かれ」たかのような「髪」が、引っかかっているのだ。
「のうぜん」という季語はポートキーとして、読者の心身を原爆投下後の広島に瞬間移動させる。目を痛めつけるかのように鮮やかな凌霄の花。剝かれた髪に残っている皮膚の一部。何かが焼け爛れた臭い。一面の瓦礫。人々の呻き。ザリザリと乾いた砂塵。
凌霄の蔓に引っ掛かった髪は、焦土と化した広島の風に揺られている。
あの日作者の眼球に映ったもの、耳が捉えた音、鼻を刺した臭い、皮膚が感知した熱や風は、この句の中に真空パックされている。「のうぜん」という季語はポートキーとして、読者を瞬間移動させ、肉体感覚をフラッシュバックさせる。慄然とさせる。
季語は、ただの風雅なる言葉ではない。日本人の文化と自然を集成した索引であり、時空を自在に旅させる瞬間移動装置でもあるのだ。
夏井いつき(Itsuki Natsui)
1957年生まれ。京都女子大学文学部卒業。中学校国語教諭を8年間務めた後、俳人へ転身。創作活動に加え、俳句の授業〈句会ライブ〉などの俳句の種蒔きや俳句投稿欄の選者を務めるほか、「俳句甲子園」の創設にも携わる。2013年からTBS系『プレバト!!』にレギュラー出演し全国的な俳句ブームを牽引した功績で、第44回放送文化基金賞を受賞。
『アステイオン』101号
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
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