軍艦島 写真提供:長崎県観光連盟
現在、「廃墟」はブームであると言われる。すぐに思い浮かぶのは、軍艦島(端島)だろう。
軍艦島は、かつて海底炭鉱で栄え、閉山後に全島民が去り、うち捨てられたコンクリートの建造物群が廃墟と化している。2015年に明治日本の産業革命遺産の構成遺産の一つとして世界遺産に登録され、つい最近、この島を舞台にしたテレビドラマも放映された。
軍艦島への関心は、にわかに高まったように見えるかもしれない。しかし、1980年代には、衰退した観光地の遊園地やホテル、人口減少で放棄された廃村や廃校などの写真集が刊行され、2000年代になると、このような廃墟の探索方法を具体的に指南する書籍も出版されている。
現在の廃墟ブームは、もう30年以上緩やかに続いているのである。
人はなぜ廃墟に惹きつけられるのか。なぜ廃墟に身を置こうとし、そこで歌い、それを描き、記録に残し、物語や演劇の舞台に選ぼうとするのか。ノスタルジーを掻き立てられるとか、滅びの美の魅力による、というのがわかりやすい理由だろう。もちろんそれも否定されるものではない。
しかし、人の営みとして、より深く理解するためには、現代日本の一過性のブームとしてではなく、もっと広く大きな視点から捉えなおす必要があるのではないか。
そんな考えから「廃墟」の共同研究は2019年にスタートした。メンバーは前近代日本の文学と美術史の研究者(梅沢恵・木下華子・陣野英則・堀川貴司・山中玲子・山本聡美・渡邉裕美子)からなる。
この研究会の課題は、サントリー文化財団の研究助成「学問の未来を拓く」に採択され、2024年10月に『廃墟の文化史』(アジア遊学297、勉誠社)の刊行に漕ぎつけた。
執筆者には、近代文学、宗教学、日本史、西洋美術史等を専攻する方々にも加わっていただき、この研究の広がりを感じさせる本になったと自負している。
実は、ヨーロッパに目を転ずれば、16世紀半ば以降、廃墟に対する関心が高まって、廃墟論には分厚い研究史が存在する。
ローマを訪れたことがあれば、それはすぐさま納得されるだろう。現代都市の中に、ローマの古代遺跡が廃墟化したまま保存されて、美しく調和している。ここで暮らしていたら、おのずと「廃墟とは何か」を考えるに違いない。