私は古書コレクターなのでパリに長期滞在しているあいだ常にパサージュを経巡り歩いていたが、そのうちにパサージュの魅力にすっかり取りつかれてしまい、パサージュについて調べたいと思うようになった。
しからば、その結論はというと、パサージュは「不特定多数の客を相手とする不特定多数の商品のトポス」ではなく、一対一の取引の集合的トポスであるから、人口が増えても発展しないかわりに人口減少でも存在し続けるというものである。
私はこのような結論から割り出して、次のような問題設定を引き出したのである。
対象を書籍に限定して考えるなら、ジラルダン・システムやブシコー・システムに基づく大型新刊書店が人口減少やインターネットの影響で立ち行かなくなったとしても、パサージュ・システムを応用した書店街をつくるなら、案外、永続的に存続可能なのではないか?
つまり、パリのパサージュが相対取引システムに基礎をおいた超専門店の集合体であるように、書棚の一つ一つに書店主がいて、それぞれに推し本を置くようなタイプの共同書店をつくるなら、そして、それをEコマースのシステムと連結するようにして棚主がその場にいなくても決済可能な形態にするならば、たとえこの出版不況の最中にあっても案外やっていけるのではないか?
幸い、私のホームグランドと呼べる神田神保町のすずらん通りにPASSAGE型書店にとってはお誂え向きのウナギの寝床のような間取りの賃貸物件が出たので、思い切って出店することにした。
パリのパサージュで最も美しいギャルリ・ヴィヴィエンヌのコンセプトでインテリアをまとめたうえで、両側の壁をすべて本棚で埋め、それぞれの本棚にはパリの通りの名、それも文学者の名前を冠した実在の通りの名前を当て、たとえば「バルザック通り四番地」というようにした。
そして、クラウド・ファンディングで景気付けをしたあと、棚主を一般公募したところ、350棚が3カ月もしないうちにすべて埋まってしまったのだ。
知り合いの文学者や書評家にも入居してもらい、自分が批評や書評で書き込みしたり付箋を張り付けた痕跡本も大歓迎としたところ、これまた大好評で迎えられた。まさに相対取引そのものである。おかげで、良い位置に「空棚」が出ると競争率が50倍にまで競りあがったのである。
最も新しいものは最も時代遅れになったものの中に隠されている。私がパリのパサージュで発見したこの公理はどうやら書店経営においても有効だったようである。
鹿島 茂(Shigeru Kashima)
1949年生まれ。東京大学仏文科卒業。同大学大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。共立女子大学教授、明治大学教授を歴任。専門は19世紀フランス文学。著書に『馬車が買いたい!』(白水社、サントリー学芸賞)、『職業別 パリ風俗』(白水社)、『パリの本屋さん』(中央公論新社)など多数。2017年に書評アーカイブサイトALL REVIEWSを開設。2022年3月に共同書店PASSAGEを開店。
『アステイオン』101号
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
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