アステイオン

経済学

なぜ日本の経済学者は「新型コロナ対策」に大きく貢献できたのか?...「政策研究」と「学術研究」のはざまでの挑戦

2025年01月15日(水)11時00分
大竹文雄(大阪大学特任教授)

新型コロナに関する優れた研究を日本経済学会の学会誌である『The Japanese Economic Review』に特集号の査読論文として、素早く掲載した影響も大きかった。政策に必要な研究を素早く行なうと、学術的にも評価されるということを、日本の経済学者に示すことができ、政策研究を行なう意欲を高めた。

それだけでなく、国際的にも新型コロナについての情報が求められていたために、特集号の査読論文は、引用数が多くなり、『The Japanese Economic Review』の学術的影響力を示すインパクトファクターを引き上げることに貢献した。これは、政策研究を推進することの価値の高さを学会にも認識させることになった。

学会や研究者が政策研究を行なうことに必ずしも熱心ではないというのは、一般の人には意外かもしれない。研究者が、社会経済の課題解決に貢献したい意欲を持っていないのではない。そのような意欲があったとしても、その課題解決に資する研究を行なうかどうかは別の話である。

通常、学術研究では、新規性、厳密性、正確性が第一に評価される。査読つきの学術雑誌では、そのような観点から論文が評価され掲載が決定される。しかし、新型コロナ対策のような政策研究では、方法論的な新規性や精度の高さではなく、知られた手法で、対策に間に合うスピードが重視され、ある程度の概算レベルでの影響評価ができることが重要である。

一時的には政策的に重要な課題になったとしても、それが学術的に重要な課題となり続けるかどうかはわからない。したがって、政策に資する研究を行なったとしても、それが学術論文として評価されるかどうかには、かなり大きな不確実性がある。

学術研究の中核を担っているのは、若手研究者である。しかし、若手研究者が政策研究を行なったとしても、それが学術論文として評価されなければ、研究者としてのキャリアが獲得できない。また、通常の学術研究と同じように新規性、厳密性、正確性を重視した研究を行なっても、政策研究としては全く役に立たない。

この意味で、日本経済学会のコロナWGが、日本の経済学者のコロナ研究の推進に果たした役割は大きかった。


大竹文雄(Fumio Ohtake)
1961年生まれ。京都大学経済学部卒業。大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。博士(経済学)。大阪大学社会経済研究所助教授、同大学院経済学研究科などを経て、現職。専門は労働経済学・行動経済学。著書に『日本の不平等――格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社、サントリー学芸賞)、『競争社会の歩き方 自分の「強み」を見つけるには』(中公新書)、『あなたを変える行動経済学――よりよい意思決定・行動をめざして』(東京書籍)などがある。2020年~2023年、新型インフルエンザ等対策有識者会議・新型コロナウイルス感染症対策分科会委員をつとめた。


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 『アステイオン』101号
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イベントのお知らせ

アステイオンvol.101トーク「コロナ禍を経済学で検証する」
今回のアステイオントークでは、コロナ禍で果たした経済学の役割を振り返るとともに、経済学の専門知に対する他分野や世間からの信頼、インターネット社会における専門知の立ち位置について検討します。寄稿者から、医療経済学が専門の伊藤由希子氏、新型コロナ有識者会議のメンバーを務めた大竹文雄氏、読者を代表して科学と社会の関係に詳しい横山広美氏の3名をお迎えし、編集委員の土居丈朗氏の進行で予定調和なしのトークを繰り広げる予定です。

◆日時:2025年1月20日(月)16:00~17:30

◆登壇者 ※五十音順
伊藤由希子氏(津田塾大学教授)
大竹文雄氏(大阪大学特任教授)
土居丈朗氏(慶應義塾大学教授、アステイオン編集委員)※進行
横山広美氏(東京大学教授)

◆配信
Zoomウェビナーでの配信を予定しております(無料)。こちらのフォームより参加登録いただきましたら、配信URLが届きますので、当日ご視聴ください。なお、アーカイブ配信は予定しておりません。

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◆登壇者略歴
伊藤由希子氏(津田塾大学総合政策学部教授)
1978年神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。米国ブラウン大学経済学博士。東京学芸大学准教授を経て、現職。専門は医療経済学、国際経済学。日本各地の地域医療における病院再編問題に取り組む。内閣府規制改革推進会議「健康・医療・介護」WG専門委員・令和臨調「財政・社会保障部会」主査として社会保障改革に取り組む。

大竹文雄氏(大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授)
1961年生まれ。京都大学経済学部卒業。大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。博士(経済学)。大阪大学社会経済研究所助教授、同大学院経済学研究科などを経て、現職。専門は労働経済学・行動経済学。著書に『日本の不平等――格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社、サントリー学芸賞)、『競争社会の歩き方 自分の「強み」を見つけるには』(中公新書)、『あなたを変える行動経済学――よりよい意思決定・行動をめざして』(東京書籍)などがある。2020年~2023年、新型インフルエンザ等対策有識者会議・新型コロナウイルス感染症対策分科会委員をつとめた。

土居丈朗氏(慶應義塾大学経済学部教授、アステイオン編集委員)※進行
1970年生まれ。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、現職。専門は財政学、経済政策論など。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学(第2版)』 (日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)など。

横山広美氏(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構教授)
1975年生まれ。東京理科大学大学院理工学研究科満期終了。博士(理学)。東京工業大学特別研究員、総合研究大学院大学上席研究員、東京大学大学院理学系研究科准教授を経て、現職。専門は科学コミュニケーション・科学技術政策。著書に『なぜ理系に女性が少ないのか』(幻冬舎)など。

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