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経済学

なぜ日本の経済学者は「新型コロナ対策」に大きく貢献できたのか?...「政策研究」と「学術研究」のはざまでの挑戦

2025年01月15日(水)11時00分
大竹文雄(大阪大学特任教授)

日本経済学会コロナWG

私は、2020年7月30日に東京大学大学院教授の岩本康志氏にコロナWGの委員長の就任を依頼して快諾を得た。コロナWGは、岩本氏を委員長、私を副委員長として、一橋大学大学院准教授(当時)の宮川大介、早稲田大学政治経済学術院准教授(当時)の久保田荘、東京大学准教授の川田恵介の三氏に委員に加わってもらい合計5人でスタートした。

WGは岩本氏のリーダーシップで大きな貢献をした。第一に、経済学でコロナを分析した文献のリストをWebサイトで公開した。2020年10月から2022年の頭まで、5回の更新をしながら公開していった。8月から動き始めて、WGとしては急いで公開したいということで、10月に第一版を出して、何度かの更新で翌年2021年5月の段階で、専門論文が129本集まった。

日本経済に関係する研究に絞っていて、日本経済学会の会員中心で、比較的短期間に、それだけの論文が出たということになる。日本経済学会の会員数が約3000人であることを考えると、これまでの大きな経済問題に比べてかなりの論文数だと評価できる。

第二は、2021年に日本経済学会の春季大会(5月)でWGがセッションを企画して発表を行なったことだ。第三に、2021年7月と10月には学会の英語機関誌『The Japanese Economic Review』で特集号を編集して、合計13本の論文を掲載した。

文献リストを作成している最初の頃は、誰がどういうことをやっているのかは、WGメンバーが関心を持って論文や文献を見ている範囲で知っていることにさらに付け足していくという手作業を通じて知っていった。このような活動をWGがした理由は次のとおりである。

まず、経済学の分野では学会がまとまって政策提言をすることは極めてまれなことが理由である。この点は、医学系の学会が臨床のガイドラインを出したりするのとは異なる。新型コロナに関しても学会で統一した政策提言をするということは考えられなかった。

これは、経済学者は政策にあまり関与しないという意味ではない。経済学者は経済政策全般に関与して政策提言を行なっているが、基本的には個人の資格で関与するのが普通だからだ。

その背景には、政策については意見の相違があって、学会として一本化してまとめるのはなかなか難しいということが理由である。意見の相違は価値判断と事実判断が人によって食い違うことから生じている。その上、事実判断の相違でも、社会科学では自然科学、生命科学よりも大きく、ばらつきがあるので、社会科学系の学会が特に論争的な政策に関して提言を一本化してまとめることは非常にまれだった。

基本的には、価値観の相違もあり、経済政策で言えば、所得再分配などは価値観なしでは語れない。そこで、経済学者は価値観と自分の分析をできるだけ峻別するように心掛けていて、価値観と政策の帰結の関係を明確に分析で示して、自分の価値観を含めて意見として論文で主張することはあまりしない。

文献リストの効果として、一番大きかったのは、日本の経済学者が自分の研究と近いテーマの研究を行なっている人の情報を知ることができたということである。

通常、経済学者が、研究情報に関する情報交換をするのは、年2回の学術大会になる。2020年は春と秋に大会があり、秋季大会の申込み締め切りは5月だったので、その年にコロナの研究発表を学会で行なうことは難しかった。そうすると、2021年5月の春季大会で初めて報告されることになる。そのようなスピード感では、コロナ対策に資する研究にはならない。

さらに、2020年は春も秋も学会はオンライン開催になった。直接顔を合わせてインフォーマルな情報交換をする場がなくなったのだ。その二重の意味で、情報共有をする場を積極的につくらないとこういう研究は進まないということだった。

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