先日、私は『「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門』(光文社新書、2024年)という本を書いた。この本は日常美学という、21世紀に入ってから盛り上がりを見せ始めた美学の一分野についての入門書である。
私が専門とする美学は、私たちの感性のはたらきについて考える哲学的学問であるが、そこで長らく議論されてきたのは、芸術作品のような特別な対象を前にしたときの感性のあり方であった。
これに対して20世紀後半には自然や都市といった環境、そして21世紀には日常生活に対峙する私たちの感性に注目が集まる。
私の本ではたとえば、日常生活のルーティーン、すなわち日々ある一定の行為を繰り返すことは、たんなる機械的な反復ではなく、美的な経験の一種になりうるのではないかということを論じている。
昨年公開された映画『PERFECT DAYS』(ヴィム・ヴェンダース監督)の主人公・平山(役所広司)は、公衆トイレの清掃の仕事をし、銭湯、居酒屋を回って帰宅して読書する、という平凡な繰り返しにしか見えないルーティーン的行為が、実際には日々微妙に変化していく世界に対して反応しながら自分のリズムを刻んでいく。
このように、平凡に見える日常生活の背後ではたらく感性の存在を明るみに出すことが、拙著の課題の一つであった。
もちろん、バリ山行にならってただ危険を犯せばいいというものではない。とはいえ、仕事も生活も、本当に自分自身が満足するスタイルを見つけようとするとき、私たちはふつうをはみ出してみる必要があるのかもしれない。
そこでこそ、私たちは「私にとってのふつうの暮らし」を築いていけるのではないか。
青田麻未(Mami Aota)
群馬県立女子大学文学部専任講師。博士(文学)。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。日本学術振興会特別研究員PD(成城大学)を経て、現職。専門は環境美学・日常美学で、私たちの暮らしのなかでの感性のはたらきについて哲学的な探究を行っている。
主な著作に『環境を批評する 英米系環境美学の展開』(春風社、2020年)、『「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門』(光文社新書、2024年)がある。「居住者と旅行者の美的経験における差異と交流――地域芸術祭を事例として」にて、サントリー文化財団2016年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。
『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか バーンアウト文化を終わらせるためにできること』
ジョナサン・マレシック[著]
吉嶺英美[訳]
青土社[刊]
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『バリ山行』
松永K三蔵[著]
講談社[刊]
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『「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門』
青田麻未[著]
光文社新書[刊]
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vol.100
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