アステイオン

学問と出版

売り上げ重視の出版業界と、作法が厳しい学問の世界は、どちらが「自由」なのか?

2024年06月19日(水)11時00分
河合香織 (ノンフィクション作家)

私は「答え」を求めてアカデミアの世界に足を踏み入れたが、そこに答えはなかった。1つの答えはないが、それに答えようと努力する歩みが学問であると知った。

すぐに結論や要点を要求されるような伸びやかさのない空間では、知的な議論は醸成されないだろう。目の前の事象を追うだけではなく、また細分化しすぎた象牙の塔に閉じこもるだけではなく、生きることや社会、世界の意味という基本をもう一度問い直すときではないか。

そのためには、アカデミアとジャーナリズムは互いを縛るものから自由になり、柔らかく乗り入れしていきたい。『アステイオン』95号ではまさに「アカデミック・ジャーナリズム」特集が組まれ、かつては自由に行き来ができた両者の新たな地平を見せてくれている。

アステイオン創刊30周年ベスト論文選』には、サントリー文化財団の設立に関わり、日本を代表する知性と呼ばれた山崎正和氏の心に残る文章が掲載されている。

「アステイオン(都市的)といえば、アゴラ(広場)とアカデメイア(学園)の共存が不可欠だろうが、両者の自然な交流がこれほどうまくいった雑誌も少ないのではないだろうか」

そして、「『野暮は言わない』のが参加者の不文律」だと続け、そのしなやかな強さは百年の風雪にも耐えるはずだと綴る。

今、知的ジャーナリズムに必要なのは、このようなアステイオン的な思想ではないか。人はいかに生きるべきか、社会はどうあるべきか、世界にはどんな意味があるかという根源的な問いを続け、答えを模索する場が100号も続いてきたことに希望を感じる。

そして、このような知的な交流ができる場、アゴラとアカデメイアが野暮を言わずに、自由に交流できるリアルな社交の場を私ももっと作っていきたいと願っている。

河合香織(Kaori Kawai)
1974年生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒業。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。主な著作に『ウスケボーイズ──日本ワインの革命児たち』(小学館、小学館ノンフィクション大賞)、『選べなかった命──出生前診断の誤診で生まれた子』(文藝春秋、大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞)、『分水嶺 ドキュメントコロナ対策専門家会議』(岩波書店)など。



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 『アステイオン』100号
  特集:「言論のアリーナ」としての試み──創刊100号を迎えて
  公益財団法人サントリー文化財団
  アステイオン編集委員会 編
  CCCメディアハウス


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