それぞれの内容には違いがあるものの、上記の3冊はいずれも、ヨーロッパ中心主義を修正し、歴史を分析の中心に置くことについては明確な共通性を有している。著者たちはいずれも、扱われている地域の専門家ではなく、その研究は二次文献に依存しており、こうした点を取り上げて、「事例に関する知識の不十分さ」を批判することはおそらく可能である。
しかしこれらの書籍が、マクロな歴史の観点から、あくまで国際関係論の理論に対するフィードバックを目指して書かれていることには注意したい。もちろん知識の誤りがあれば修正されるべきではあるものの、目的が異なれば論証に必要な手段も異なり、大局的な視点から複数の事例を理解するための見方を提示する研究として、その意義は大きいと筆者は考える。
よりメタな視点から考えれば、こうした研究が最近になって相次いで発表されていることは、アジェンダとしての非西洋/グローバル国際関係論が、実際の研究として形になり始めていることを意味する。
また、3冊はいずれもケンブリッジ大学出版会から出版されており、LSE International Studiesという同一のシリーズに属しているが、同シリーズの編集に携わる研究者や著者の顔ぶれを見ると、こうした潮流をイギリスやヨーロッパ、オーストラリアの国際関係学界が後押ししていることがうかがえる。
現状に問題があるとすれば、こうした優れた研究のほとんどが、結局は英語圏の有力大学に所属する研究者によってなされている点である。言語的な問題はあるとしても、本当であればこうした業績は、例えば日本から生まれてもよいはずである。
日本の国際関係論は、いわゆる地域研究や比較政治学、歴史学などのアプローチを幅広く取り入れた、多様性を特徴とする学問であり、歴史や非西洋の視点との親和性は高い。もちろん日本語では既に優れた業績が発表されているが、非西洋国際関係論は、日本からの知見を英語で発表しやすい分野でもあると思われる。
一方で、こうした研究の読者にとって重要なのは、既存の理解の前提を疑い問い直す諸研究を、単なるオルタナティブの1つ、「片隅の知識」として見ないことである。
「ヨーロッパだけではなく他の地域についても同じだけ注目する」という、こう書いてみれば至極当然の主張を「特殊」だと考えるならば、その視点そのものが偏っているのである。非西洋国際関係論は、無意識に私たちの思考を規定している先入観を取っ払う、「知のデトックス」の営みでもある。
向山直佑(Naosuke Mukoyama)
1992年大阪府生まれ。オックスフォード大学政治国際関係学部にて博士号(DPhil in International Relations)を取得。ケンブリッジ大学政治国際関係学部ポストドクトラルフェローを経て、現職。専門は国際関係論、特に国家形成と天然資源をめぐる政治を主に研究している。主な論文に「第三国による歴史認識問題への介入の要因と帰結:アルメニア人虐殺へのジェノサイド認定とトルコ」『国際政治』187号、30-45頁など。日本国際政治学会奨励賞、石橋湛山新人賞など受賞。「資源と脱植民地化:産油地域の単独独立に着目して」にて、サントリー文化財団2017年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。
「アステイオン」97号
特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
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