法整備支援プロジェクトの支援対象の一つであった行政手続法は、行政による侵害から事前に市民の権利や利益を保護する性格を有することから、ソビエト法的な国家権力観に自ずと変更を迫るものであり、日本だけでなくドイツや米国の開発援助機関も支援していた。
同法は、日本の法整備支援プロジェクト期間中に制定されることはなかったが、2017年12月に国会で採択、2018年1月に大統領に裁可され、2019年1月に施行されるに至った。起草に着手してから約15年の年月が経っていた。
経路依存性を有しない法を当該国が内発的に制定するには時間を要する。さらに、移植された法を運用するには、その法の根底にある価値や原理を理解し、法的思考方法を身につけた法律家の厚い層が求められよう。
多数の法曹を輩出しているタシケント国立法科大学に、日本の支援で設置された日本語で日本法を教育する名古屋大学・日本法教育研究センターがある。
筆者は同センターの学生へ講義したとき、彼らの知への渇望に圧倒された。これら学生の中には日本の大学院へ留学し、後に母国で行政法研究者となった者もいる。筆者をその知的好奇心で圧倒した学生の一人は、今や、共同研究仲間となった。
法を運用するのは結局のところ人である。とすれば、上述のような法律家を自前で養成できるよう、法学者ないし学識者を育成する長期的視野に立った息の長い支援──例えば留学、教科書・学術書作成など──こそが効果的ではないだろうか。
桑原尚子(Naoko Kuwahara)
名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程修了、博士(学術)。国際協力機構(JICA)専門家、企画調査員として、ウズベキスタン、イラクおよびタジキスタンにおいて国際協力に従事し、2021年10月より現職。専門は比較法、法と開発研究、現代イスラーム法。著書に『多様な法世界における法整備支援』(共編著、旬報社)、『アジアの憲法入門』(共著、日本評論社)、『新版 アジア憲法集』(共著、明石書店)など。
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