冷戦終結後、開発援助機関は、市場経済化と民主化を旗印に旧ソ連諸国、中・東欧諸国の体制転換に向けた大規模な支援を実施してきた。そこでは「制度」こそが経済パフォーマンスの決定要因であると仮定され、支援に際して、新制度派経済学を理論的支柱に「制度」が重視された。
ここで言う「制度」とは社会におけるゲームのルールである。これにより、「法」は体制転換という制度変化を促す原動力としてにわかに注目を集めるようになった。
実はこの「法」と「制度」に日本も関わっている。日本の法分野への国際協力(以下、「法整備支援」と称す)は、旧ソ連諸国についてはウズベキスタンを中心に中央アジアで2000年代初め頃から開始され、筆者自身も2005年10月から2011年3月まで日本の政府開発援助(ODA)によるウズベキスタンでの法整備支援プロジェクト等に従事した。
当時、計画経済から市場経済移行のための主要な法制定は、ロシア法経由でひととおり整備されたところであった。
ロシア法の移植に加えて、裁判実務においてロシア法の解説書が参照され法学教育でロシア法の教科書が用いられるなどロシア法の影響は大きく、当時筆者がウズベキスタンで目の当たりにしたのは、まさにロシア法というレンズを通した市場経済化や民主化、あるいはその理解といっても過言ではなかった。
民商事法をはじめとする基本的なビジネス法が整備されれば、経済活動が円滑に進むかというと必ずしもそうはいかない。
世界銀行グループの国際金融公社(途上国の民間セクター開発を専門とする開発援助機関)が当時年次刊行していた『ウズベキスタンにおけるビジネス環境』によれば、頻繁な行政調査や、行政庁による営業の許可およびその取消しといった行政行為の恣意性および不透明性が中小企業の経済活動を阻害していた。
このような状況下で、行政行為の透明化・適正化を図る日本の法整備支援プロジェクトが始まった。ところが、ソビエト法をほぼそのまま引き継いだウズベキスタン行政法には、「行政行為」という法概念がそもそも存在していなかったのだ。
「行政行為」とは、行政庁が法令に従って、国民の権利義務を具体的に決定する行為のことである。行政庁による営業の許可やその取消しは日常的に行われていたが、「許可」や「取消し」を一般化した法概念(行政行為)は存在しなかった。
vol.101
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