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「独裁政治」と聞き、どんなイメージをもつだろう。
北朝鮮の金正恩がくりかえすミサイル実験や一糸乱れぬマスゲームなどから、人民を抑圧する恐怖政治を想起するかもしれない。あるいは、戦後国際秩序をウクライナ侵攻で踏みにじるプーチン体制の暴挙も思い浮かぶ。国際情勢に興味があれば、ミャンマーの軍事政権の凄惨な暴力やベネズエラのマドゥロ政権による激しい野党弾圧を想起するかもしれない。
いずれにせよ、権力を独占する権威主義体制の指導者(独裁者)による遠い国の出来事、と思われるかもしれない。
ところが、こうした独裁者像は、独裁政治のほんの一部を切り取ったものにすぎない。暴力や抑圧は、センセーショナルであるがゆえメディアにクローズアップされやすい。独裁者の横暴が周知され、反対する人々の原動力となる意義はもちろんある。
しかし、現代独裁制の指導者たちが、我々には理解できない論理で政治をおこなう、と切り取ることで物事の本質を見誤る恐れもあるだろう。それは、中国やロシア、北朝鮮など権威主義体制の国々に囲まれる私たち日本人にとって、好ましいことではない。
筆者は、昨年6月に『選挙における独裁者のジレンマ』(The Dictator's Dilemma at the Ballot Box, Ann Arbor: University of Michigan Press [Weiser Center for Emerging Democracies Series], 2022) という学術書を英語で上梓した。
また、独裁選挙の歴史に関する一章を足し、日本の読者のために全体を大きく改訂した邦語版が、『民主主義を装う権威主義: 世界化する選挙独裁とその論理』(千倉書房、叢書「21世紀の国際環境と日本」)と題して、まもなく公刊される 。
現代の独裁制では、実はそのほとんどで民主主義の代名詞ともいうべき「選挙」が実施されている。権威主義下の選挙はいかに設計され、政治秩序にいかなる影響をもつか。独裁選挙を体系的に理解する理論を提示し、国際比較の統計分析と中央アジアの事例研究をつうじ実証分析をおこなっている。
私がこの本を書くきっかけとなったのは、2008年暮れにはじめて中央アジアを訪れ、ユーラシア大陸中央に位置するカザフスタンとキルギス共和国で現地調査をはじめたことである。
vol.100
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