みなとみらい21のビル群と富士山 gyro-iStock
今年[編集部注:2022年]の春、6年間教えた同志社大学を去り、借りていたアパートを引き払って、横浜の寓居に戻った。
京都にいつもいたわけではないが、滞在中仕事に疲れた時、気の向くままに自転車で鴨川の岸辺を走ったり、御苑を散歩したりできなくなった。その代わり横浜では、山下公園や山手の丘を歩いて港と船を眺める。その先に東京湾が、晴れた日には三浦半島と房総半島が見える。
港には観光船、巡視船、パイロットボートなどが、ひっきりなしに出入りする。見ていて飽きないが、寂しさは否めない。クルーズを再開した日本籍の3隻を除いて、大型客船の姿がないからだ。朝入港して大桟橋に接岸、日没の頃ベイブリッジの下をくぐり、光の城のように輝きながら外国客船が出港するのを、2年半以上見ていない。
言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症流行が原因である。
航海中、船上で感染者が発見された大型クルーズ客船「ダイアモンド・プリンセス」の横浜入港後、船内にそのまま隔離された乗客と乗員の間で感染が拡大し、大騒ぎになった。船客を全員降ろしてからも、同船はコロナ感染の象徴のように市街地から離れた大黒埠頭に長く係留され続け、山下公園からよく見えた。
ウイルス感染症勃発で姿を消したのは、客船だけではない。流行が始まった頃、妻に頼まれて八坂神社の南側のある店へ、ちりめん山椒を買いに出かけ、帰路、祇園の目抜き通りである花見小路を通って驚いた。数日前までごった返していたこの通りが、閑散としている。嵐山、清水寺など他の観光地や繁華街でも、一斉に人が消えた。
スペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットは、著書『大衆の反逆』に、現代社会で大衆がその社会的な力を増大させているのを如実に示すのは、「充満の事実」だと記している。
「都市は人で満ち、家々は借家人で満」ち、「ホテルは泊まり客で、(中略)道路は歩行者で満」ち、「有名な医者の待合室には患者があふれ、映画、演劇には(中略)観衆がむらが」る。彼らは、「突如として姿を現し」た。その大衆がコロナウイルス感染症の流行とともに、「突如として姿を消し」たのだ。
もっとも大衆の姿が消えたのは、結局一時的なものだったようだ。オミクロン変異株の流行はなかなか収まらないが、多くの国で規制が取り払われ、世界中の都市が再び人で溢れている。しかも大衆はすこぶる元気である。米国のトランプ、ブラジルのボルソナーロ、フィリピンのドゥテルテ、マルコスなど、ポピュリスト的な政治指導者の勢いは衰えない。
vol.101
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