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<パソコンやスマートフォンだけでなく、デジタル空間では民主主義すらハッキング対象となっている。米国や台湾だけでなく、日本の選挙が外国に干渉されるリスクもある>
あらゆるものがハッキングされている。パソコンやスマートフォンなどの電子・通信機器のみならず、インターネットにつながる自動車、家電、ウェアラブル端末までもがハッキングの対象だ。
さらにいえば、インターネットに接続されていないこと(エアギャップ)もハッキングからは逃れられない。2010年にはイランの原子力関連施設で遠心分離機が破壊され、2016年には米国の電力網の一部が停止させられる寸前だった。前者はフラッシュドライブ(外付けUSB)が、後者は保守メンテナンスを担う外部委託事業者の専用回線が「エアギャップ」を超えたとみられている。
近年、懸念されているのは民主主義に対するハッキングである。多くの人は、制度が攻撃されるという感覚はあまりないかもしれない。
民主主義のハックとは、市民の民主主義や社会に対する「信頼(trust)」を失墜させることであり、標的は人々の頭の中だ。
米国、英国、ドイツ、フランス、台湾といった民主主義国家の選挙は、サイバー攻撃やソーシャルメディア上の影響工作という形で外国による干渉の標的となってきた。重要なことは、攻撃者は単に特定の候補者・政党の当落を狙っているのみならず、市民・有権者の認知を歪め、政治制度に対する信頼の失墜を狙っている点だ。
信頼とは、何かが公正、善、安全、協調的といったポジティブなものと信じることである。政治的信頼(もしくは政治不信)は政治学でも長く議論されてきた。
米国では1960年代、ベトナム戦争や人種間対立などを背景に連邦政府に対する信頼が急速に低下した。この政治不信の解釈や要因について、ジャック・シトリンやH・A・ミラーといった政治学者らは論争を繰り広げた。
つまり、政治不信は単に当時の政権や政治家に対する不信なのか、それに加えて政治制度全般に対する不信なのか、というものである。前者は政権交代によって回復可能だが、後者は既存の政治制度(民主主義)の中での回復は難しい。
民主主義研究の世界的権威であるスタンフォード大学のラリー・ダイアモンドは、民主主義が根付くか否かを決定づけるのは「民主主義の文化」「民主主義の正統性」だという。
同氏の著書『浸食される民主主義──内部からの崩壊と専制国家の攻撃』(市原麻衣子監訳、勁草書房、2022年)によれば、「民主主義は他の想像可能な政府形態よりも優れているという、強靭で広く共有された信念」こそが、民主主義を成功に導く。
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