アステイオン

民主主義

日本も無縁ではない「民主主義のハッキング」

2022年05月09日(月)13時10分
川口貴久(東京海上ディーアール 主席研究員)

ロシアの情報機関やインターネット・トロル企業が拡散した偽情報・不確実情報は、2016年米国大統領選挙では銃規制、人工中絶、LGBT、人種差別、メキシコからの移民といった社会問題に焦点を当て、2020年大統領選ではQアノン、BLM運動、選挙不正といったトピックスが追加された。

台湾は中国から恒常的かつ多様な影響力行使に晒されているが、2018年地方統一選挙や2020年総統選挙では直接的な干渉が疑われる。用いられるのは偽情報のみならず、「民主主義は失敗だ」「高齢者は国家のリソースを食いつぶしている」「台湾の経済的繁栄は、北京との良好な関係に依存する」といった「ナラティブ」が含まれる。

ナラティブとは真偽、意見・価値判断が織り交ざった感染力のある物語であり、ファクトチェックだけでは対抗しにくい。

権威主義国家による選挙干渉が民主主義への信頼を切り崩している。こうした問題意識に基づき、筆者らは『ハックされる民主主義──デジタル社会の選挙干渉リスク』(土屋大洋との共編著、千倉書房、2022年)を執筆した。編著者以外では、中国政治や情報法を専門とする研究者、ファクトチェック団体の専門家、日米の論壇で活躍するジャーナリストらが諸外国の選挙干渉の実態や対策などを論じた。

日本における選挙干渉リスク

では肝心の日本の状況はどうか。公開情報に基づけば、これまで外国政府がデジタル空間を通じて日本の選挙に組織的に干渉したとは判断できない。だが、在日米軍基地や日米・日台関係などに関する組織的な影響工作は確認され、日本も選挙干渉リスクとは無縁ではない。

特に懸念されるのは、将来行われるかもしれない国民投票だ。もし国会で憲法改正が発議され、国民投票が実施されることになれば、中国やロシアなどの近隣国は関心が高いだろう。

憲法改正の賛否を論じる「国民投票運動」は、通常の選挙活動とは異なり、原則的に自由であり、規制は必要最小限となる見込みだ。2021年6月に成立した国民投票法では、インターネット利活用や広告に関するルールを2024年6月目途に制定することを予定しているが、外国からの選挙干渉に備える仕組みも不可欠だ。

恐らく憲法改正に関する議論は国論を二分する。これ自体は自然なことであるし、多いに議論すべきだ。しかし、後に外国からの干渉が明らかになった場合(攻撃者はその証跡をあえて暴露するかもしれない)、国民投票や民主主義に対する信頼は回復不可能なレベルにまで失墜するだろう。民主主義へのハッキングを許してはならない。


川口貴久(Takahisa Kawaguchi)
1985年生まれ。横浜市立大学国際文化学部国際関係学科卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。専門は国際政治・安全保障、リスクマネジメント。慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)客員所員、一橋大学非常勤講師を兼任。


※本書は2019年度、2020年度サントリー文化財団研究助成「学問の未来を拓く」の成果書籍です。

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ハックされる民主主義──デジタル社会の選挙干渉リスク
 土屋大洋、川口貴久 (編書)
 千倉書房

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