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アカデミアにおける分野の細分化が著しい。同じ大学の同じ学部に所属していたとしても、隣の研究室のテーマやその価値をただちに理解できないこともある。このことを学問の進歩の証左として手放しに歓迎してよいのだろうか。猪木武徳氏(大阪大学名誉教授)は、こうした細分化は「知的断片化(Intellectual fragmentation)」を招くとして危機感を示す。日本だけでなく、世界的に進展しているこの事態に対し、私たちはどう向き合っていけばよいのだろうか。
このような問題意識の下、2019年3月27日に開催された堂島サロンでは、隠岐さや香氏(名古屋大学大学院経済学研究科教授)をお招きし、「文系/理系:分断の歴史から考える現在」と題してご講演いただいた。隠岐氏は特に18世紀の科学アカデミーの歴史をご専門とされ、昨年には『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社、2018年)を出版された科学史家である。
なぜ分野は細分化してきたのか。細分化された学問は時々の政策や社会構造とどう関係しながら発展し、なにをもたらしてきたのか。今後、文系と理系の断絶をいかに乗り越えていけばよいのか。隠岐氏は、中世ヨーロッパから現在までの自然科学史、社会科学史、大学の歴史、思想史、文学史、各国史に関する厖大な文献を渉猟し、緻密な史資料調査に裏付けられた過程追跡によって、これらの問いを鮮やかに解き明かしていく。そして文系と理系の断絶を乗り越えるための方向性を提起して講演を締めくくると、アカデミア、実業界、マスメディアなど多様なバックグラウンドを有する参加者らが闊達な議論を繰り広げた。以下にその講演と議論の要旨をご紹介し、最後に筆者の感想を述べたい。
冒頭で隠岐氏は、「文系と理系という単純すぎる区分は、日本固有のものと誤解している人が多い」と主張する。じつは近年、欧米においても大学教育・研究全般を論じる際、Humanities and Social Science(HSS)とScience, Technology and Mathematics(STEM)の二つに明確に区分し、さらには両者の分断を強調する言説が広がりつつあることはあまり知られていない。
もちろん1970年代頃から今世紀初頭にかけて、いわゆる学際的な研究が奨励される風潮も現れた。米国では、教育やイノベーションには理系の学問だけでなく、Arts(人文科学)も必要であるという意味をこめて、「STEMからSTEAMへ」という標語も掲げられ、両者を分ける意味はないと語られることも増えている。
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