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文系と理系の断絶をいかに乗り越えるか

2019年06月05日(水)
三谷宗一郎(医療経済研究機構協力研究員・2018年度鳥井フェロー)

こうしたマクロレベルの歴史的展開を踏まえ、日本に目を転じると、隠岐氏は改めて「文系と理系の断絶がかなり厳しい」と評し、高度経済成長期における理系分野を重視した、いわゆるイノベーション政策1.0や、1970年代からの大学受験競争の激化と文理選択の早期化がこうした状況をもたらしたと指摘する。

しかし先行きはそう暗くはないのかもしれない。種々の弊害をもたらした1980年代のイノベーション政策2.0は終焉を迎えつつあり2010年代以降のイノベーション政策3.0では、人文社会科学を重視する傾向が見受けられるからである。大阪大学や東京工業大学などでは、学部教育を学際化する試みも導入され始めた。さらに従来、「人文社会系」、「理工農医系」、「総合系」と3つに分かれていた文部科学省の科学研究費助成事業(科研費)の審査区分が11の細目に再考されたことは、文理の対話を目指す動きの一つとも看取できる。

一人の研究者の時間的リソースや知性には限りがあるため、分野の細分化による分業は必然である。ただし、意思疎通が困難なほど分断が進展している現在、他分野を教養として学べる能力の重要性が益々増加していることに意識を向けることが肝要であろう。もちろんすべての人々が他分野を行き来できなくても良い。広い視野を持ち、多様な分野を繋げられる人材が一部には必要と考えられる。従来、ともすれば軽んじられてきたそうした人材を適切に評価し、分業と意思疎通のバランスをとることが、現在求められていると隠岐氏は締めくくった。

隠岐氏の講演が終わると、研究内容に対し、いくつかの質問が提起された。その中で「分野が細分化する過程において、言葉の論理的・数理的な明晰さの差異が影響した可能性はないか」、「国ごとの各学問に対するイメージの差異をもたらす要因は何か」など今後の研究の発展を期待した質問も投げかけられていた。

続くディスカッションでは、どの参加者も、文系と理系の行き過ぎた断絶に対して強い問題意識を有していることが窺えた。参加者のうち、理系の研究者の一人は、国際日本文化研究センターで講義した経験から、文理融合の重要性を実感したエピソードを披露した。同様に、実業界出身の参加者は、企業経営には他者に共感する力(文系の学問)と、経営上のリスクを理解できる力(理系の学問)の両方が必要であると述べた。

また、実際にすでに他分野を行き来しながら活躍している人材もいると指摘する参加者もいた。例えば、霊長類学者でゴリラ研究の第一人者である山極壽一氏(京都大学総長)が優れた研究業績をあげることができたのは、氏が理系的アプローチをとりながらも、人文社会科学に造詣が深いからであるとし、まさに文系と理系を架橋できる人材であるという意見があった。さらに地震学者の大木聖子氏(慶應義塾大学准教授)も、地球だけでなく、人や社会にも目を向けることを志向し、防災コミュニケーションに取り組んでいるという点で、文系・理系の素養を兼ね備えた人材と評する参加者もいた。

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