コラム

他のオスと戦うか「間男」になるか...ヤリイカのオスの繁殖戦術は「誕生日」で決まる 東大グループが解明

2024年05月09日(木)19時40分

つまり、体内受精するペアオスはライバルと戦うというリスクがありますが、体外受精するスニーカーオスは精子が水中で拡散してしまうことや卵に出会える確率が低いことなど、ペアオスとは違った繁殖リスクを負います。ちなみにヤリイカのメスは、繁殖期を通じてペアオス、スニーカーオスの両方の精子を蓄え、産卵時には両方の精子の混合物を使用して卵を受精させます。

今回、研究チームは、ヤリイカのオスがペアとスニーカーのどちらの戦術をとるかは、誕生日(孵化日)によって決まることを明らかにしました。

動物種には孵化日によって繁殖戦術が決定されるものもあるという"誕生日仮説"は、1998年に進化生態学者のタボルスキー博士によって提唱されました。

繁殖期が長い動物種は、その期間中に季節が変化するなど環境条件が変化するので、個体の誕生日によって、生まれてから繁殖期を迎えるまでの成長期間や、生まれた直後の成長条件が異なると考えられます。なので、この違いが繁殖開始時の成熟サイズの違いとなり、ひいては繁殖戦術に影響する可能性が考えられます。

なぜ誕生日が分かる?

これまでに「誕生日仮説」が実証されたのは、コクチバスなど魚類3例のみです。本研究ではこの仮説が無脊椎動物においても成り立つことを初めて示しました。

研究者たちは、ヤリイカの代替繁殖戦術に誕生日仮説が成り立つかを検証するために、「平衡石」と呼ばれる器官を観察しました。平衡石は、炭酸カルシウムを主成分とした硬組織で、イカ類の頭部に一対あります。木の年輪のように毎日1本の成長輪紋が作ることが特徴で、この本数を数えれば採集時の個体の日齢が分かるため、さかのぼれば誕生日も知ることができます。

年齢分析をするために、宮城県沖で繁殖期を中心とする様々な時期に定置網や底引き網でヤリイカのオス201頭(ペアオス97頭、スニーカーオス38頭、未成熟オス66頭)を捕獲して調査しました。その際、精莢が発達していなければ未成熟オス、精莢が長くロープ状ならばペアオス、短くドロップ型ならばスニーカーオスと判別し、それぞれの推定年齢(日齢)と誕生日を確認しました。

すると、推定年齢はペアオスが187~381日、スニーカーオスが167~295日でした。一方、捕獲日と捕獲時の年齢から逆算した誕生日は、ペアオスが4月11日から7月23日で平均日は6月4日、スニーカーオスは6月2日から8月24日で平均日は7月14日でした。つまり、早期に孵化したオスはペアオスになりやすく、遅れて孵化したオスはスニーカーオスになる傾向がありました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story